『鬼滅の刃』の初期設定とは、連載が決まる前に描かれた読切『過狩り狩り』と、連載会議に出したネーム『鬼殺の流』にあった、いまとは別の主役や世界観の構想を指します。『鬼殺の流』の主人公は盲目・隻腕・両足義足という設定で、竈門炭治郎は作者の頭の中でまだ脇役の一人でした。都市伝説ラボでは、初代担当編集・片山達彦氏が実名で語ったインタビューと、集英社・少年ジャンプ公式の情報をもとに、裏付けのある事実とネットの噂を分けて整理します。
- この記事でわかること
- ①連載前の構想として語られる3つの段階
- ②読切『過狩り狩り』と『鬼殺の流』で確かめられること
- ③炭治郎が主役に選ばれた経緯(初代担当編集の証言)
- ④連載前の冨岡義勇は着物だった、という初期デザインの記録
- ⑤「打ち切り寸前だった」という噂の真偽
『鬼滅の刃』の初期設定とは何を指すのか
ひとくちに初期設定と呼んでも、語られる中身は一つの層ではありません。整理すると、次の3段階に分かれます。
| 段階 | 形態 | 主人公・物語の骨格 | いま確かめられる資料 |
|---|---|---|---|
| 第1段階 | 読切『過狩り狩り』(2013年・新人賞で佳作) | 吸血鬼と“鬼狩り”の戦い | 『吾峠呼世晴短編集』に収録 |
| 第2段階 | 連載ネーム『鬼殺の流』(連載会議で落選) | 盲目・隻腕・両足義足の主人公 | 公式ファンブックに3話分を収録 |
| 第3段階 | 連載版『鬼滅の刃』(2016年11号から) | 竈門炭治郎 | 週刊少年ジャンプで連載・単行本は23巻まで |
この3段階を混ぜて語ると、話は一気に都市伝説めいてきます。段階ごとに資料の強さが違う、という前提を先に置いておきましょう。
作品の外形は公式情報で確かめられ、週刊少年ジャンプ公式サイトの作品ページには「連載開始 : 2016年 11号」とあります。「鬼滅の刃」公式ポータルサイトの紹介では、単行本は1巻から23巻です。最終話は2020年5月18日発売の週刊少年ジャンプ2020年24号に載ったと、GAME Watchが報じています。
原点とされる読切『過狩り狩り』
初期設定の話でまず名前が挙がるのが、吾峠呼世晴氏の投稿作『過狩り狩り』です。ITmedia NEWSの記事では、2013年に週刊少年ジャンプの新人賞で佳作を取った作品として紹介されています。賞の正式な名前は、集英社「少年ジャンプ漫画賞ポータル」の表記で「第70回 JUMPトレジャー新人漫画賞」です。
同じITmediaの記事は、この読切を「明治・大正時代ごろの日本を舞台に、吸血鬼と“鬼狩り”の戦いを描く読み切りだ」と紹介しています。作者自身は、漫画賞ポータルに寄せたコメントで狙いをこう振り返りました。
受賞作では「和装」「吸血鬼」「吸血鬼すら恐れる強い人間」「ハンデがあっても努力しそれを感じさせない人」をテーマとして描きました。
――吾峠呼世晴氏のコメント(少年ジャンプ漫画賞ポータル)
同じページには当時の講評も載っています。「独特のセンスが異彩を放つ。だが、それを表現する画力が伴っていない。」という評価に続き、「また、読者が肩入れできる構造が欲しい。」と書かれていました。この最後の一文は、のちの主人公交代を読むうえで手がかりになります。
『過狩り狩り』は、いまも単行本で読めます。コミックナタリーの発売記事によると、2019年10月4日に集英社から出た『吾峠呼世晴短編集』に、ほかの読切3編とあわせて収録されました。各作品について語ったあとがきも付いています。
ネットの紹介では、主人公が隻腕だった、珠世と愈史郎の原型が出てくる、といった細部も語られます。ただ、公式の書誌や報道、担当編集の発言には、こうした細部の裏付けが見当たりません。Real Soundに載った島田一志氏の評論は、『過狩り狩り』と『鬼殺の流』の主人公をどちらも「隻腕・盲目の剣士」と書いています。細部を確かめたい人には、短編集の実物にあたるのがいちばん確実です。
連載会議を通らなかったネーム『鬼殺の流』
『鬼殺の流』が生まれるまでの経緯は、ライブドアニュースの片山達彦氏インタビュー(2020年2月5日)にくわしく語られています。片山氏が吾峠氏と出会ったのは、読切『肋骨さん』を描き上げた2014年です。そこから連載会議にネームを出しては落ちる時期が続き、作者は2015年のうちに連載を獲れなければ辞めるつもりだったといいます。
行き詰まった担当編集が先輩から受けた助言は、みんなが知っている要素を使わないとわかりにくい、というものでした。そこで思い出したのが『過狩り狩り』だったと、片山氏は振り返っています。
『過狩り狩り』はみんなが知ってる「吸血鬼」のお話で、しかも「大正時代」、「刀」というわかりやすいモチーフもある。
――片山達彦氏(『鬼滅の刃』初代担当編集)
こうして描かれたのが連載ネーム『鬼殺の流』です。連載会議には3話分を出すと、片山氏は説明しています。結果は落選でした。インタビューの中では、主役は盲目・隻腕・両足義足という設定で、落選の理由は「世界観のシビアさと主人公の寡黙さ」だったと公式ファンブックに書かれている、と紹介されています。片山氏はそのうえで「読みやすくなったと世界観に対する一定の評価は得ていて。あとは主人公のキャラクターだと。」と補いました。
この3話分のネームは、のちに公式の本で読めるようになりました。コミックナタリーによると、2019年7月4日発売の公式ファンブック『鬼殺隊見聞録』に、前身となったネーム3話分と、初代担当編集へのインタビューが収められています。続編にあたる2冊目は、「鬼滅の刃」公式サイトのお知らせによると2021年2月4日発売です。吾峠氏の描き下ろし漫画は「三本の計二十九ページ」で、連載の裏側を描いた実録もの「鬼滅の土台」もその一つだと、同じくナタリーが伝えています。
主人公が竈門炭治郎になった経緯

『鬼殺の流』が落ちたあと、片山氏はふたたび先輩に意見を求めました。返ってきたのは、変わった登場人物が多い作品でも、真ん中にいる主人公は普通の人だから読者が感情移入しやすい、という話です。片山氏はこれを吾峠作品に当てはめ、「中心に普通の人を置いて、周りに異常性のあるキャラクターを配置するとちょうどいい」と考えました。
そこで作者に投げかけたのが、「この作品の中に、もうちょっと普通の子いないですかね」という問いです。炭治郎はこのとき、作者の頭の中にはもういたものの、サブキャラの扱いでした。答えはこう返ってきたといいます。
「炭を売っている男の子がいて、その子は家族全員殺されたうえに妹が鬼になっちゃって。男の子は妹を人間に戻すために鬼殺隊に入るんです」
――片山氏が語る、当時の吾峠氏の答え(ライブドアニュース)
片山氏は「その子を主人公にしてもう一度書きましょう」と提案し、そうして生まれたのが『鬼滅の刃』でした。ネットでは、担当編集が明るい主役を求めた、という言い方を見かけることもあります。ただ、本人の言葉で確かめられるのは「普通の子」を探したところまでです。連載会議に出したネームと、誌面に載った第1〜3話の違いを聞かれると、片山氏は「ほとんどないです。デザインがちょっと違うぐらいで。」と答えました。
都市伝説ラボの見方を一つ添えておきます。2013年の講評にあった「読者が肩入れできる構造が欲しい」という課題は、寡黙でハンデを背負った主人公から「普通の子」への交代で、ようやく形になったと読めます。
連載ネームの冨岡義勇は着物だった|初期デザインの記録
「初期義勇」「鬼滅の刃 初期デザイン」で検索されることが多い話題です。確かな事実は一つで、連載会議用の下書きでは冨岡義勇が着物姿でした。片山氏は次のように語っています。
連載ネームでは義勇が着物 だったんです。それを見て「もうちょっと大正感が欲しいですね」という話を僕から先生にしました。次に先生が描いてきたのが、今の詰め襟スタイル。
――片山達彦氏(ライブドアニュース)
同じ記事の図版解説には、コミックス第1巻に載っている連載会議用のカットで、義勇の初期構想が着物だったことが示されています。鱗滝左近次にも似た話があり、最初のネームでは天狗のお面をつけていない「普通のおじいさん」でした。インパクトが足りないという相談のあと、原稿の段階でお面をつけて出てきたそうです。
| 人物 | 初期の姿 | いまの姿になった経緯 |
|---|---|---|
| 冨岡義勇 | 連載ネームでは着物 | 「大正感が欲しい」という担当編集の話を受けて、詰め襟に羽織の形へ |
| 鱗滝左近次 | 素顔の「普通のおじいさん」 | インパクトの相談のあと、原稿の段階でお面をつけた |
| 竈門炭治郎・禰豆子 | 連載会議用の描き下ろしで、すでに今のデザイン | 図版解説に「この時点でもう完成している」とある |
もう一つの「初期義勇」は、初期の主役たちが義勇に似ているという見立てです。島田一志氏は前出の評論で、作者が当初想定していた主人公を「冨岡義勇タイプの、心か身体に欠損した部分のあるクールなキャラクター」と書いています。これは評論家の解釈であり、作者や編集部の発言ではない点に注意が要ります。
「鬼滅の刃 都市伝説」として語られる噂を検証する
ネットでよく見かける話は、資料の強さがばらばらなまま広まっています。ここでは、語られている内容を確かめられる度合いで分けました。
| 語られている内容 | 確かめられる度合い |
|---|---|
| 連載期間・単行本の巻数 | 公式サイトで確認できる事実 |
| 『過狩り狩り』の受賞と収録本 | 漫画賞ポータル・発売報道で確認できる事実 |
| 『鬼殺の流』の主人公設定と落選の理由 | 公式ファンブックの記述として、初代担当編集のインタビューで確認 |
| 炭治郎はもともとサブキャラだった | 初代担当編集の実名の証言 |
| 『過狩り狩り』に珠世・愈史郎や無惨の原型がいる | 公式の資料・報道では未確認(ネットの紹介のみ) |
| 「打ち切り寸前だった」 | 初代担当編集が否定 |
とくに最後の項目については、片山氏がインタビューではっきり打ち消しています。
よく巷で「打ち切り寸前だった」と言われていますが、そんな危機はなかったです。
――片山達彦氏(ライブドアニュース)
根拠として片山氏が挙げたのは、1話目も2話目も評判がよかったことと、第7話でセンターカラーを「急遽」もらえたことです。読者人気が高かったから、と説明されています。連載初期の人気が盤石だったかどうかと、打ち切りが決まりかけていたかどうかは、別の話です。後者については、当事者の証言が否定しています。
学術的に見る「作品の噂はなぜ広がるのか」
人気作品の裏話が、確かめられる事実と出所不明の話を混ぜたまま広がる現象は、うわさの研究でも扱われてきました。Aurore Van de WinkelとIan Reillyの2014年の論文は、ゴシップ・噂・都市伝説・ネットのデマの4つを分け、それぞれの定義と特徴を整理しました。掲載誌はNouvelle Revue Synergies Canadaの第7号です(DOI: 10.21083/nrsc.v0i7.3029)。Trevor J. Blank編の論集『Folklore and the Internet』(2009年)は、複数の論者が寄稿した本です。インターネットが民間伝承を生み、伝え、記録する場になっていることを論じています。『鬼滅の刃』の初期設定をめぐる語りも、公式情報と伝聞が重なりながら広がってきました。
似た構造はほかの作品にもあります。ドラえもん最終回の噂の検証やダンダダンのUFO・妖怪考察でも、事実と噂を分けて追いかけました。テレビ番組で語られた炭治郎の初期設定の広がり方は、番組での紹介を扱った記事にまとめています。
よくある質問(FAQ)
『過狩り狩り』はいま読めますか?
読めます。2019年10月4日に集英社から出た『吾峠呼世晴短編集』に、ほかの読切3編とあわせて収録されています。取り扱いは時期によって変わるため、書店や電子書店でご確認ください。
『鬼殺の流』は作品として発表されたのですか?
いいえ。『鬼殺の流』は連載会議に出したネーム、つまり掲載前の下書きで、会議では落選しました。2019年7月4日発売の公式ファンブック『鬼殺隊見聞録』に、3話分のネームが収録されています。
初期設定の主人公と炭治郎は同一人物ですか?
別の人物です。初代担当編集の片山達彦氏によると、炭治郎は作者の頭の中ではもともとサブキャラでした。「もうちょっと普通の子いないですかね」という問いかけから、主人公に選ばれています。
連載前の冨岡義勇はどんな姿でしたか?
連載会議用のネームでは着物姿でした。担当編集が「もうちょっと大正感が欲しい」と伝えたあと、いまの詰め襟に羽織の姿になったと語られています。
「打ち切り寸前だった」というのは本当ですか?
初代担当編集の片山氏は、インタビューで「そんな危機はなかった」と否定しています。1話目・2話目の評判がよく、第7話で急遽センターカラーになったことも挙げていました。
まとめ
ポイントは3つです。第一に、初期設定と呼ばれるものは読切・連載ネーム・連載版という3段階に分かれ、段階ごとに資料の強さが違います。第二に、『鬼殺の流』の主人公設定や、炭治郎がサブキャラから主人公になった流れは、初代担当編集が実名で語っており、伝聞ではありません。第三に、「打ち切り寸前」の話はその担当編集が否定しており、『過狩り狩り』の細部の多くは公式の資料では確かめられていません。
幻の主人公たちに引かれるのは、完成した物語の裏に、別の物語の可能性が見えるからでしょう。都市伝説ラボでは、作品をめぐる語りがどう形を変えていくのかを、当事者の証言と公式情報に照らしながらこれからも追いかけます。
参考資料
- ライブドアニュース『鬼滅の刃』初代担当編集・片山達彦氏インタビュー(2020年2月5日・取材・文 横川良明)
- 週刊少年ジャンプ公式サイト『鬼滅の刃』作品ページ(連載開始号)
- 「鬼滅の刃」公式ポータルサイト(作品概要・単行本の巻数)
- GAME Watch(最終話の掲載号・2020年5月18日)
- ITmedia NEWS(『過狩り狩り』の受賞年と内容・2020年10月19日)
- 集英社「少年ジャンプ漫画賞ポータル」(受賞作名・作者コメント・講評)
- コミックナタリー『吾峠呼世晴短編集』発売記事(2019年10月4日発売・収録作)
- コミックナタリー『鬼殺隊見聞録』発売記事(2019年7月4日発売・3話分の下書きを収録)
- 「鬼滅の刃」公式サイトのお知らせ(2冊目の発売・2021年2月4日)
- コミックナタリー 公式ファンブック2冊目の発売記事(描き下ろし漫画の内容)
- Real Sound 島田一志氏の評論(2025年11月1日・評論家の解釈)
- Van de Winkel・Reilly (2014) 噂のジャンルを整理したフランス語の論文(DOI: 10.21083/nrsc.v0i7.3029)
- Blank 編 (2009) Folklore and the Internet(Utah State University Press)
最終更新: 2026年10月31日。本記事は、公式サイト・発売報道・関係者の実名インタビューといった確認できる資料と、ネットで語られる伝聞を分けて整理したものです。個人の見解を含みます。作品の設定や刊行状況の最新情報は、各公式サイトでご確認ください。
訂正(2026年10月31日): 初代担当編集のインタビューにもとづき、2点を改めました。編集者が求めたのは「明るい主人公」ではなく「普通の子」でした。「打ち切り寸前」は出所不明の噂ではなく、当事者が否定した話として扱います。
著書: 『ネット怪異の解剖学 —— 論文で読み解くインターネット都市伝説』(Kindle) / 『今知っておきたい ネット都市伝説100』(Kindle)
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