『トムとジェリー』は第二次世界大戦のさなかに生まれた。シリーズ最初の作品は1940年に公開され、終戦の年までに22本が劇場で上映されている。そのうち戦争を正面から題材にした回が、1943年にオスカーを受けた『勝利は我に』(原題: The Yankee Doodle Mouse)だ。
では、この作品は本当に「最強のプロパガンダ」だったのか。よく語られる「最後の一文は、ある有名な電文のパロディ」という話は事実なのか。都市伝説ラボでは、作品の資料と米海軍の歴史資料を突き合わせて、言えることと言えないことを分けて整理した。
結論|戦時中の作品だが「戦争もの」はごく一部
トムとジェリーには戦時中に作られた作品が多いが、戦争を直接描いたのは『勝利は我に』など数本にとどまる。そして、元ネタとして語られるウェーク島の「Send us more Japs」は、米海軍の歴史部門が「送られた事実はない」としている。噂ごとの判定は次のとおりだ。
| よく語られる話 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| トムとジェリーは戦時中に作られた | 事実 | 1940〜1945年に22本が公開(英語版Wikipediaの作品一覧) |
| 戦争を題材にした回がある | 事実 | 『勝利は我に』(1943年)は戦争の寓話として描かれている |
| 結末は「戦時国債を買おう」で終わる | 誤り | 結末は星条旗への敬礼と「SEND MORE CATS!」の通信文 |
| 「SEND MORE CATS!」は守備隊の電文のパロディ | 未確認 | そう説明するのはファン向けwikiなど。制作者の説明は見つからない |
| ウェーク島の守備隊は「もっと日本兵を送れ」と打電した | 誤り | 米海軍歴史遺産司令部(NHHC)が否定 |
| MGMは戦争を描かない方針だった | 誤り | 同じMGMの『Blitz Wolf』(1942年)はヒトラーを戯画化した |
以下、作品一覧、『勝利は我に』の中身、電文の真偽、同時期の他社作品の順に見ていく。
戦時中(1940〜1945年)に公開されたトムとジェリー一覧
英語版Wikipediaの作品一覧「Tom and Jerry filmography」を見ると、6年間で22本が公開されている。第1作は『Puss Gets the Boot』、1945年最後の作品は『Quiet Please!』だ。米国の対日宣戦は1941年12月8日で、終戦は1945年9月2日である。
| 原題 | 公開日 | 戦争との関わり(確認できた範囲) |
|---|---|---|
| Puss Gets the Boot | 1940年2月10日 | — |
| The Midnight Snack | 1941年7月19日 | — |
| The Night Before Christmas | 1941年12月6日 | 米国の参戦直前に公開 |
| Fraidy Cat | 1942年1月17日 | — |
| Dog Trouble | 1942年4月18日 | — |
| Puss n’ Toots | 1942年5月30日 | — |
| The Bowling Alley-Cat | 1942年7月3日 | — |
| Fine Feathered Friend | 1942年10月10日 | — |
| Sufferin’ Cats! | 1943年1月16日 | — |
| The Lonesome Mouse | 1943年5月22日 | ヒトラーを思わせる短いギャグがある |
| The Yankee Doodle Mouse(勝利は我に) | 1943年6月26日 | 戦争そのものが題材 |
| Baby Puss | 1943年10月30日 | — |
| The Zoot Cat | 1944年2月10日 | 戦時下の流行ズート・スーツを風刺 |
| The Million Dollar Cat | 1944年4月15日 | — |
| The Bodyguard | 1944年7月13日 | — |
| Puttin’ on the Dog | 1944年10月28日 | — |
| Mouse Trouble | 1944年11月23日 | — |
| The Mouse Comes to Dinner | 1945年2月3日 | — |
| Mouse in Manhattan | 1945年7月7日 | — |
| Tee for Two | 1945年7月21日 | — |
| Flirty Birdy | 1945年9月22日 | 終戦後の公開 |
| Quiet Please! | 1945年12月22日 | 終戦後の公開 |
「—」は、Wikipediaの個別記事やあらすじに戦争への言及が見当たらなかった作品である。全編を見て確かめたわけではない点は断っておく。
戦時色のある回は限られる。『The Lonesome Mouse』については、英語版Wikipediaが「ヒトラーに触れた短い戦時中の視覚ギャグ」が注目されてきたと書いている。『The Zoot Cat』は、アニメ史サイトのCartoon Researchによれば、戦時下に流行したズート・スーツを風刺した作品だ。布地をたっぷり使う服だったため、布が配給制だった戦時中には浪費的で非愛国的な流行と見られた、と同サイトは説明している。
『勝利は我に』(The Yankee Doodle Mouse)は何を描いたか
英語版Wikipediaによると、本作はMGMが1943年6月26日に劇場公開した。製作はフレッド・クインビー、監督はウィリアム・ハンナとジョセフ・バーベラで、シリーズ11本目にあたる。1944年3月2日の第16回アカデミー賞で短編アニメ賞を受け、シリーズで7度ある受賞の最初の1本になった。日本語版Wikipediaは、日本の劇場公開時の題名を『星条旗よ永遠にの巻』と記している。
制作段階の仮題は「Jerry’s Home Defense」(ジェリーの本土防衛)だった、とCartoon Researchは書いている。同サイトは本作を、枢軸国の指導者に触れずに描いた「寓意的な戦い」と評する。
舞台は地下室の「防猫壕」
トムに追われたジェリーは、地下室の巣穴に逃げ込む。作品一覧の解説は、ジェリーが地下室の「cat raid shelter」からトムと戦うと要約している。日本語版Wikipediaは、この看板を「防猫壕」と訳し、爆弾型の看板が向く方向へジェリーが逃げると説明する。空襲の避難所(air raid shelter)をもじった言葉と読める。
巣穴の壁の貼り紙「THAT FRIENDLY RAT MAY TELL THE CAT」は、上の画像でも読める。親しげな相手が敵に話すかもしれない、という防諜ポスターの言い回しを借りたものと読める。ただし、その意図を制作者が語った資料は見つけられなかった。
ジェリーは台所用品、トムは花火で戦う
英語版Wikipediaは、本作がジープや急降下爆撃機など第二次大戦の兵器を、身近な家庭用品で表現していると書く。あらすじから拾うと、ジェリーの武器は次のとおりだ。
- シャンパンのコルク:箱ごと撃ち出してトムを洗い桶へ落とす
- 卵:「hen-grenades」と書かれた箱から取り出して投げる
- チーズおろし器とローラースケート:組み合わせてジープにする
一方、トムが持ち出すのは家庭用品ではない。同じあらすじでは、トムはボウルをヘルメット代わりにかぶり、ダイナマイトを投げ、ローマ花火でジェリーの飛行機を撃ち落とす。「武器がすべて家庭用品」と言われることがあるが、それはジェリー側に限った話になる。Cartoon Researchは、花火を武器にする表現が戦争を機にアニメで定着したとも書いている。
3通の「戦況報告」と結末
劇中では、ジェリーが「Lt. Jerry Mouse(ジェリー中尉)」の署名で戦況報告(war communiqué)を出す。英語版Wikipediaのあらすじに載る文面は次の3つだ。
- 「Sighted cat – sank same.」(猫を発見、これを撃沈)
- 「Enemy gets in a few good licks!」(敵もいくらか良い一撃を入れた)。ジェリーがトムの舌で戦時国債の切手(war bond stamp)をなめさせた直後に出る
- 「SEND MORE CATS!」(もっと猫を送れ)。ジェリーが星条旗に敬礼したあと、最後の報告として映る
つまり物語は「もっと猫を送れ」で終わる。「戦時国債を買おう(BUY WAR BONDS)で締めくくられる」という説明を見かけるが、あらすじにも結末の描写にもその文言はない。国債に関わるのは、中盤の切手の場面である。日本語版Wikipediaによれば、描かれている星条旗は現在の50星旗ではなく48星旗だ。
後から消えた場面
いま見られる『勝利は我に』は、のちの再公開時のプリントが元になっている。英語版Wikipediaは、配給切手を使ったギャグがこのプリントで削除されたと書く。Cartoon Researchも、作品の時代を示す唯一の要素だった配給切手のギャグが、いま出回っている版にはないと述べている。
「SEND MORE CATS!」の元ネタ|ウェーク島の電文は本当にあったか
この作品をめぐる都市伝説の中心が、最後の「SEND MORE CATS!」だ。ウェーク島の守備隊が本国に打った「Send us more Japs!(もっと日本兵を送れ)」のパロディだ、と語られてきた。順番に確かめる。
「Sighted sub, sank same」は実在の報告
1通目の「Sighted cat – sank same.」には、元になったと考えられる実在の報告がある。米艦隊司令部(COMINCH)の記録は、1942年1月28日に潜水艦を攻撃した哨戒機の搭乗員について、こう書いている。
Pilot D. L. Mason, AMM1c, NAP, who first report was “Sighted sub sank same.”
第82哨戒飛行隊の報告書には、操縦士の名がドナルド・フランシス・メイソン(MASON, Donald Francis)と載っている。ファン向けのTom and Jerry Wikiは、ジェリーの1通目について、メイソンの報告に触れたものだと説明する。ただし、出典の注記はない。
「Send us more Japs」は送られていない
ウェーク島の戦いは1941年12月8日に始まり、12月23日に米軍の降伏で終わった。英語版Wikipediaによると、最初の攻撃を退けたあと、米国の報道は「増援と補給について問われたカニンガム中佐が、もっと日本兵を送れと答えた」と伝えた。米海兵隊の戦史によれば、その晩のラジオでは解説者が同じ言葉を紹介し、著名なバンドリーダーのケイ・カイザーが「ウェークの海兵隊」に曲を捧げている。
しかし、米海軍歴史遺産司令部(NHHC)は、この電文の話をはっきり否定している。島の最上級将校カニンガム中佐がハワイへ「send more Japs」と打電したと広く報じられた、と述べたうえで、次のように書く。
This is not true; the phrase originated in cryptographic “padding”
(これは事実ではない。この言葉は暗号の「埋め字」に由来する)── NHHC「H-Gram 002」
埋め字とは、敵の暗号解読を難しくするために通信文へ入れる無意味な語句のことだ。英語版Wikipediaも、カニンガムが本当に送ったのは照準器や予備部品、射撃管制レーダーなど、必要な装備の長いリストだったと書く。米海兵隊の戦史も、報道の主張に反して「ウェークに日本兵の追加は要らなかった」と記している。島はその後、日本軍の占領下で「大鳥島」と呼ばれた。
「元ネタ説」はどこから来たか
「SEND MORE CATS!」をウェーク島の話につなげる説明が見られるのは、次の3か所だ。ファン向けのTom and Jerry Wiki、日本語版Wikipedia、そしてCartoon Researchの記事への読者コメントである。いずれも根拠の注記がなく、ハンナ、バーベラ、クインビーが語った記録は見つけられなかった。
言えるのは次の2点までだ。作り手が意図してウェーク島の話に合わせた証拠は、まだ見つかっていない。そして元になったとされる電文そのものが、そもそも送られていない。噂の「元ネタ」もまた、戦時の報道が生んだ話だったことになる。
同じ時期のMGM・ディズニー・ワーナーの戦時アニメ
「MGMはあえて戦争を描かなかった」という説明もよく見かける。だが同じMGMには、テックス・エイヴリー監督の『Blitz Wolf』(1942年8月22日公開)がある。ヒトラーを戯画化した「アドルフ・ウルフ」が登場する作品だ。英語版Wikipediaは、1942年にMGMが公開した短編15本のうち、第二次大戦を題材にしたのはこの1本だけだったと書く。描かなかったのではなく、数が少なかったというのが実態に近い。
| スタジオ | 作品(公開) | 中身 |
|---|---|---|
| MGM | Blitz Wolf(1942年) | ヒトラーを狼に見立てた風刺。アカデミー賞にノミネート |
| MGM | 勝利は我に(1943年) | 地下室での戦いの寓話。アカデミー賞受賞 |
| ディズニー | The New Spirit(1942年) | 財務長官モーゲンソーの依頼で、所得税の納付を呼びかけた |
| ディズニー | Der Fuehrer’s Face(1943年) | 戦時国債を売る目的で作られたとされる。アカデミー賞受賞 |
| ワーナー | Bugs Bunny Nips the Nips(1944年) | 日本兵を戯画化し、今は問題視されている |
| ワーナー | Herr Meets Hare(1945年) | 反ナチの宣伝作品。ゲーリングとヒトラーが登場 |
※出典は各作品の英語版Wikipediaの記事。Blitz Wolf/The New Spirit/Der Fuehrer’s Face/Bugs Bunny Nips the Nips/Herr Meets Hare
政府とアニメの関わり方も一様ではない。戦時情報局(OWI)が活動したのは1942年6月から1945年9月までで、その映画局は脚本の審査や助言が中心だった。英語版Wikipediaは、OWIの役割は助言にとどまり、映画の公開を止める権限はなかったと書く。ディズニーの『The New Spirit』は、OWI発足前に財務省が依頼した作品だ。兵士向けの教育アニメ『Private Snafu』は米軍の第一映画部隊(First Motion Picture Unit)が製作し、アニメーションの大部分をワーナーが請け負った。
同じ1943年、日本では『桃太郎の海鷲』
「アメリカがアニメを作り続けた事実だけで国力の差がわかる」という見方もあるが、日本も戦時下に劇場アニメを公開している。日本語版Wikipediaによると、『桃太郎の海鷲』は政府の命を受けて製作され、1943年3月25日に公開された国策アニメ映画だ。同じ記事には、監督の瀬尾光世が接収されたディズニー映画を見て制作技術の差に衝撃を受け、「これは勝てない」と考えたという逸話も載っている。
今の放送やソフトで変わった場面
「戦時中の問題のある表現は、ワーナー作品だけが今では見られない」と語られることもある。だが、トムとジェリーにも後から手が入った場面がある。英語版Wikipediaから確認できるのは次のとおりだ。
- 『勝利は我に』のひまわりのギャグは、黒塗りの顔を連想させるため、1990年代末から2000年代初めにカートゥーン ネットワークで削られた
- 『The Lonesome Mouse』は、米国のテレビ放送でヒトラーに触れたショットがしばしば削除された
- 2005年のDVDセット「Tom and Jerry Spotlight Collection: Vol 2」の冒頭には、ウーピー・ゴールドバーグによる注意書きが入っている
- 2020年以降、マミー・ツーシューズが登場する回はカートゥーン ネットワークとブーメランで放送されていない
ワーナー側では、1931〜1944年に公開された11本が「Censored Eleven」と呼ばれ、1968年から米国のテレビ向け配給が止められている。戦時の日本兵を描いた『Bugs Bunny Nips the Nips』は、その11本には入っていないが、やはり問題視されてきた作品だ。
まとめ|「最強のプロパガンダ」説の検証結果
『勝利は我に』は、戦争を地下室の追いかけっこに置き換えた、まぎれもない戦時の作品だ。ただ、シリーズ全体が宣伝のために作られたことを示す資料は見つからなかった。戦時色が濃いのは、確認できた範囲では数本だ。
そして最も有名な「SEND MORE CATS!」の元ネタ説は、元の電文そのものが送られていないという、二重の伝説になっていた。都市伝説ラボでは、こうした戦時のメディアにまつわる噂を、今後も資料から確かめていく。
✅ この記事で参照した主な資料
| 資料 | 確かめたこと |
|---|---|
| Wikipedia(英語)The Yankee Doodle Mouse | 公開日・スタッフ・受賞・あらすじ・3通の報告・削除された場面 |
| Wikipedia(日本語)勝利は我に | 邦題・「防猫壕」の訳・48星旗 |
| Cartoon Research「MGM’s The Yankee Doodle Mouse」 | 仮題・寓意的な戦いという評価・配給切手のギャグ |
| Internet Archive「The Yankee Doodle Mouse (draft)」 | MGMの制作ドラフト(場面の一覧) |
| NHHC「H-Gram 002」 | 「send more Japs」は事実でないという記述 |
| 米海兵隊戦史「A Magnificent Fight」 | 当時の報道とラジオ・楽曲での広まり |
| Wikipedia(英語)Battle of Wake Island | 戦いの期間・カニンガムが送った装備リスト |
| 第82哨戒飛行隊の報告書(uboatarchive.net 収録) | 「Sighted sub sank same」の操縦士 |
⚠ 確認できなかったこと
- 「SEND MORE CATS!」をウェーク島の報道に合わせたという、制作者側の発言や当時の資料。ファン向けwikiなどの説明には根拠の注記がない。
- 製作者クインビーが「政治ネタは古くなるので避けた」とする発言。よく引用されるが、出典を見つけられなかった。
- 政府が『トムとジェリー』の制作を依頼した、あるいは内容に関わったことを示す資料。
🔍 トムとジェリーと戦争:3つの結論
- 1940〜1945年に22本が公開され、戦争を題材にした代表作が『勝利は我に』
- 結末の「SEND MORE CATS!」の元ネタとされる電文は、米海軍の歴史部門が否定している
- 放送やソフトでは、後から削られたり注意書きが付いたりした場面がある
本記事は都市伝説ラボ 編集部が公開資料をもとに整理したものです。最終更新日:2026年10月23日。内容の正確性には配慮していますが、詳細は各資料をご確認ください。免責事項はこちら、お問い合わせはこちら、運営者情報はこちらから確認できます。
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