都市伝説ラボが検証してきた日本各地・世界各国の都市伝説と、編集部が郷土史・民俗資料から収集している全国の伝承データベースを、地図から辿れるようにまとめました。県をタップ(クリック)すると、その土地に伝わる首塚・人柱・神隠し・禁足地などの伝承一覧が開きます。ピンのある県は、伝説を出典付きで考察した記事に移動できます。世界表示に切り替えると、スレンダーマンやSCP財団など海外発の怪異も辿れます。
金色の丸は伝承を収集できた県です。大きく濃いほど件数が多く、県をタップすると一覧がこの場で開きます。地方ボタンで拡大すると、伝承の名前が地図上に出ます。
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※沖縄県は地図の左上に位置を移して表示しています(斜線より上)。
※本マップおよび県別データベースの位置は伝承・諸説にもとづく市区町村までの目安であり、特定の施設・住所を示すものではありません。都市伝説ラボは現地への訪問を推奨していません。私有地・立入禁止区域への立ち入りは犯罪(刑法130条)です。
県別データは日本伝承マップをはじめとする郷土史・民俗資料・自治体資料をもとに編集部が要約・再構成したものです。各伝承には諸説があり、記事化の際に出典の現物確認を行っています。
Map data: Geolonia japanese-prefectures (MIT) / world.geo.json (PD, Natural Earth由来)
県別 伝承・都市伝説データベース
編集部が郷土史・民俗資料から収集している題材データベースのうち、公開できる状態になったものを県別にまとめました。地図で県をタップ(クリック)するか、下の県名を開くと、その土地に伝わる話の一覧が表示されます。それぞれの伝承は今後、出典の現物確認を経て順次検証記事として公開していきます。
北海道1件
- 龍神龍神ラプシ・オヤウ伝説(洞爺湖町)
湖に棲み悪臭と毒気を放っていた翼ある大蛇を、創造神コタンカラカムイが遣わした若者たちが討ち、清められた大蛇は湖を守る龍神になったと伝わる
秋田県2件
- 夜泣き石去り石
地域では「去り石」と呼んでいる。山麓の道路に落ちた巨大な石を、弘法大師が「去(しや)れ」と渇を入れると現在の位置に飛んで行った。 → 夜泣き石の解説記事 - 禁足地移託杉と犬子石
移託杉[いたく](いたこ)と犬子石がある。女人禁制の峰に、巫女が犬を連れてきたところ、姿が変わって木となり石となった。 → 禁足地の解説記事
山形県2件
- 片目伝承鼠持の山の神(高畠町)
山の神には初穂代わりに男根を供える風習があり、大人がいたずらすると目がくらみ腹が痛み片目になると語られた - 埋蔵金鶏を飼わない禁忌(小国町)
かつて集落を救ったと伝わる黄金の雄鶏を神として祀って以来、鶏を飼うことや火にまつわる穢れを強く忌む独自の禁忌が受け継がれてきた
福島県1件
- 埋蔵金鮫池と鮫川の由来伝説(東白川郡鮫川村)
子に恵まれず神に祈って授かった娘が成長とともに衰弱し、望んで連れて行かれた池に飛び込み黄金のサメに変わったといい、川の名の由来と伝わる
茨城県8件
- 夜泣き石殿里のご坊の石(生子の石)(土浦市)
昔、殿里の道路をつくる際に橋をかけたが、その橋のところで子供がしょっちゅう怪我をしたという。そこを通りかかったある坊さんが、大きな石を持ってきて橋のところに置いていった。 → 夜泣き石の解説記事 - 禁足地将門塚・岡不知(人を忌む樹叢・藤代)(取手市)
将門の墳墓といい、その附近を「岡不知」と称して樹木が繁茂し、人の立ち入りを忌むという禁忌の塚(『相馬日記』)。 → 禁足地の解説記事 - 人柱鶴ヶ池の人柱お鶴(常陸太田市)
洪水でたびたび堤が決壊するため人柱を埋めることにし、通りかかった旅の娘お鶴を人柱にした。以後どんな洪水でも堤は壊れなくなったと伝わる。 - 片目伝承阿漕が浦の片目魚(つくば市)
茨城県筑波郡谷田部町島名の弁天池には薬師が祀られており、周囲三〇メートルほどで魚を飼育していた。眼病の治療を願う参詣者が池に魚を放つと、その病が治るとされ、実際に多くの人の眼疾が治癒したという。 - 首塚西林寺の七騎塚と海禅寺の胴塚(守谷市)
守谷町の西林寺の裏に将門の影武者七騎の七騎塚があったといい、近くの海禅寺には将門はじめ七人の影武者の墓があり、将門の墓は首を落とされた胴塚であると伝える。 - 埋蔵金永井寺の塚の埋蔵金(古河市)
永井直勝の墓石の後ろの遺体を埋めた塚に『漆千杯、朱千杯、黄金が千杯』入っており、永井寺が困窮したら発掘しろと伝わる、埋蔵金の塚の伝説。 - 神隠しお菊卵塔――天狗にさらわれた娘(鉾田市)
鴻巣の共同墓地を通称お菊卵塔という。働き者のお菊がある晩突然姿を消し、夜明けに松の木にお菊の手拭がかかっていた。天狗にさらわれたとされる、神隠しの娘の伝説(子守奉公や離縁の異説もある)。 - 即身仏福永寺(取手市)
相馬郡小文間村の海中山福永寺は、平安朝時代の創建と伝わる真言宗農山派の寺院。開山者は不詳だが、中興の祖は空純という著名な僧で、生きたまま入定したとされる。
栃木県7件
- 夜泣き石七つ石(夜泣き石)(小山市城山町)
天正18年(1590)の落城後、小山城の石垣の石が結城家の庭に運ばれると、夜ふけに悲しい声で泣き叫んだ。城主をしのぶ声と察した結城城主が小山へ送り返したという夜泣き石伝説。 → 夜泣き石の解説記事 - 人柱襠なし袴(人柱)(壬生町)
架けても流される橋に、襠なし袴を穿いて渡る男を人柱にすればよいと言われ、娘が父がそれを穿いていると口を滑らせ、父が生き埋めにされる。 - 七不思議八幡様の七不思議・大くぼの出水と華厳の滝(真岡市)
華厳の滝の水が地下を通り三ツ谷の湧水「大くぼの出水」に通じると伝わる。滝で出会った男に教えられた住人が名を書いた三枚の木札を華厳の滝へ投げ入れると、三日後に二枚が大くぼの出水へ浮かび上がったという。 - 隠れ里平家谷(日光市)
栃木県塩谷郡栗山村湯西川地域に伝わる伝説。平安末期に敗れた平家の落人たちが、冬季に川原を歩いていた際、積雪しない異常な場所を見つけた。 - 神隠し鹿沼のカクシンボ(鹿沼市)
栃木県鹿沼地方では、夕方に子供をさらう怪物を「カクシンボ」と呼んだ。 - 埋蔵金鵜坂の鵜と足利義兼(佐野市)
足利義兼は、侍女藤野の讒言を信じて忠綱を憤死させ、妻時子をも非業の死に至らせた。藤野を牛裂きの極刑にしてはじめて目が覚め、剃髪して諸国を行脚し菩提を弔った。 - 疫神送りしょおでん塚(さくら市)
戦や飢饉・疫病で苦しむ馬場村を救うため、若い僧しょおでん坊が人柱を志願。竹の棒に串刺しとなって土に突き刺さり立ち往生し村を救った。
群馬県8件
- 片目伝承曽木神社の池のうなぎ(富岡市)
群馬県富岡市の曽木神社から流れた水は「オノレの滝」となって鏑川に注ぎ、かつてこの滝を多くのうなぎが遡上して堀を通じて神社の池まで泳ぎ込んでいた。 - 埋蔵金新保の埋蔵金と五郎兵衛(北群馬郡榛東村)
北群馬郡榛東村山子田の新保には、ここに金が埋めてあるという言い伝えがある。土地には「朝日さす、夕日かがやく雀の宮取り」ということわざが残っている。 - 入水譚榛名湖の木部姫(榛名入水)(前橋市青梨子町)
前橋市青梨子町に伝わる類話。千葉常政は娘の無病息災を柳沢寺(榛東村山子田)に願った。娘が十五歳になり榛名神社へ参詣した際、榛名湖の湖畔で水を飲むうち沼の中へ入って行き、沼の真中あたりで下半身が人魚の姿になって現れた。 - 神隠し馬糞を食べた神かくし(渋川市)
八木原のある人が「神かくし」にあって行方不明となった。村中総出で探したが見つからず、四十日ほどたってからその人は一人で帰って来た。 - 送り狼山犬様とあずきとぎばばあ(みどり市)
神梅では、昔は山道を来ると山犬様に後をつけられたという。波の花(塩)とお散米を出しておくと、それを食べて帰った。米つきの帰り道で馬が動かないので見ると、山の上から山犬が見おろしていた。 - 龍神椀貸滝(吾妻郡長野原町)
群馬県長野原町の吾妻川と白砂川の合流点近くにある琴橋の深淵は、竜宮に通じると言い伝えられている。地域の住民たちは冠婚葬祭で食器が足りなくなったとき、この淵に住む竜神から膳椀を借りることができたとされる。 - 疫神送りみどり市の疫神送りの習俗
メケエゴ(ものもらい)は井戸に箕を半分見せ治れば全部見せると願かけ、カクラン除けは菅笠をかぶせ『アビラウンケンソワカ』と唱え水をかける。 - 人柱蛇穴山古墳の人身御供(前橋市総社町)
前橋市総社町の蛇穴山古墳にまつわる人身御供(人味御供)の伝説。古墳に人をいけにえとして供したと語り継がれ、『上野伝説』『総社記』に記録が残る。
埼玉県8件
- 夜泣き石夜泣松(東松山市)
金谷の一本松を夜泣松と呼ぶ。青鳥城の姫君が僧と恋におち手討ちにされ、僧も自害。二人を埋めた松が毎夜異様の音をたてたという。 → 夜泣き石の解説記事 - 片目伝承片目の魚(さいたま市緑区)
女躰氷川社御手洗の池(見沼)の神魚は片目で、無断で漁した江戸町人の網には蛇のみかかり、片目の鯉を送った手代が盲目になるなど祟りがあったと甲子夜話・大宮市史等に伝わる。 - 人柱夫婦橋の人柱(加須市)
江戸時代末期、埼玉県加須市外野の大越村は洪水で堤防が決壊した。復旧工事を何度試みても失敗が続いていたところ、母と娘の巡礼が現れた。 - 埋蔵金秩父郡東秩父村の埋蔵金伝説
埼玉県東秩父村(旧秩父郡槻川村)に伝わる埋蔵金の言い伝え。ある家の老人が金を埋め、その場所は鞍山の上の石碑に刻んであるから掘れと遺言した。 - 首塚首塚(川越市)
北条と両上杉の夜戦(東明寺合戦)で討死した侍の首を一つの塚に築いたと伝え、宝永年中に掘り崩した際は髑髏が三、四百も出土した。 - 疫神送り竹寺と疫病除けの信仰(飯能市)
竹寺は牛頭天王を祀る疫病除けの寺で、蘇民将来の伝説にちなむ茅の輪くぐりや護摩焚きが行われる。天王様はきゅうりを好むとされ、供えた後に刻んで食べると病除けになるという。 - 送り狼日本武尊の足跡(秩父郡長瀞町)
日本武尊が宝登山に登った際、賊が山火事を放った。危機一髪の時に戌亥の方角から多くの山犬が現れ、火を消し止めて尊を救った。 - 即身仏かんねづか(念仏の入定塚)(北本市)
下石戸下の向郷に「かんねづか」と呼ばれる場所がある。桶川〜松山線の石見屋のところの信号から桶川の方へ向かい、大蔵寺を過ぎて坂を下り始める西側の辺りをいう。
千葉県8件
- 禁足地八幡不知森の祟り(市川市)
誤ってこの森に足を踏み入れる者には必ず神罰が下るとして立ち入りが忌まれた。将門討伐の際、その首を慕った近臣六人が土の人形と化し、それが壊されて以来この地を踏む者に祟りがあると里人は恐れ伝えたという。 → 禁足地の解説記事 - 人柱夫婦橋の人柱(成田市)
千葉県成田市大竹の沙伽陀池の畔に片多梅という梅の木が生えている。伝説によれば、かつて竜女寺建立の際に池を掘って蓮を植えたが、中世に池の南側の堤防が決壊し、修復困難な状況が続いた。 - 埋蔵金ビッタ塚の埋蔵金(成田市)
跡継ぎのない長者が財宝を古墳ビッタ塚に埋めたと伝わり、「朝日さす夕日輝く」の歌が残る。掘ろうとした若者は腹痛や病を得て祟りと恐れられ手を引いた。 - 首塚将門と成田山(市川市)
大野・大町の人は今でも成田山新勝寺へ参らず、行っても頭を下げないという。成田の不動に願をかけて平将門を弓で射たと言われるからである。 - 山姥牛方山姥・喰わず女房(成田市)
牛方が山姥に追われる牛方山姥と、頭の口で食う喰わず女房(鬼女房)。成田に伝わる山姥・鬼の異類譚。 - 七不思議檀特山小松寺の七不思議(南房総市)
小松寺に根無の樫や夜鳴の鐘など七不思議が伝わり、落成の舞楽で天狗が稚児千代若丸を掴み去り、妹乙王丸が瀧に身を投げたと語られる。 - 龍神清戸の泉(白井市)
印旛郡白井町清戸に伝わる。大同年中にひどい日照りがあり、村人が飢え死に寸前となって困りはてていたとき、諸国行脚の僧が竜神に雨乞いをして大雨を降らせ、村を救ったという。 - 疫神送り宮久保の虫送り(市川市)
薬のない昔、稲の虫を送るまじない。子どもらが太鼓を叩き「おくるど稲の虫おくるど」と唄い、安国寺下の正寺から稲越まで送ると、稲越の人が藁を燃して焼いてくれた。
東京都8件
- 首塚将門の首塚(千代田区)
平将門の首を祀る「首塚」が官庁街の一角にあり、昭和59年になっても毎年9月に近辺の大企業重役らが慰霊祭を行う。祀らないと祟りが現れると信じられている。 - 龍神龍神淵(八王子市上恩方町)
雨乞いに来た者が神主の祈禱と龍蔵権現への参拝の後この淵の水を借りて帰るので、雨乞い淵とも呼ばれる雨乞い伝説。 - 片目伝承景信ヶ淵(八王子市上恩方町)
八王子城落城の時、片目を失った北条方の落武者景信が藤蔓に馬脚をとられ谷底の淵に転落死し、その祟りで景信山には藤蔓が生えず淵のヤマメは片目という祟り伝説。 - 七不思議麻布七不思議(港区)
麻布七不思議の一つとされる善福寺の逆さ銀杏。同寺の境内に生育する大きな銀杏の木は、親鸞上人が地面に突き立てた杖が根を張って成長したという由来を持つとされている。 - 埋蔵金宗能老師が聞いた埋蔵金の唄(中野区本町)
九郎の屋敷を訪れた宗能老師が、「漆千盃、朱千盃、黄金千両、銭十六万貫、朝日さす夕日輝く藤の木の下にあり」という埋蔵金を暗示する謎の唄声が屋敷のどこからか陰々と響くのを聞いたという伝説。 - 即身仏儀右衛門塚(杉並区)
武士の儀右衛門が病で参戦できぬのを苦にしてここに入定したといい、この塚に願をかければ徴兵除けに効験があったと伝える入定・霊験塚伝説。 - 送り狼多摩市の送り狼の伝承
ある主人が野生の山犬を捕らえては大勢で集まり、年に一、二度食べるということを何年か続けていた。しかしその主人はやがて亡くなってしまい、それは犬の祟りだと言われるようになった。 - 神隠し天狗にさらわれた小僧(千代田区)
六代将軍家宣の正徳年間のこと。江戸神田の小間物屋の十四、五歳になる小僧が、正月十五日の夕刻に手拭を下げて近くの銭湯へ出かけた。
神奈川県8件
- 夜泣き石夜泣き石(横浜市神奈川区)
村の隠居に化けた狸に住職が焼け石をもたせ化けの皮をあらわした焼け石が浦島寺に伝わり、寒い夜にもの悲しく泣いたので夜泣き石と呼ばれた。 → 夜泣き石の解説記事 - 人柱夫婦橋の人柱(横須賀市)
内川新田の平作川の橋が再三流され、水神の怒りを鎮める人柱に村の娘が志願。白装束で鉦を持ち埋められ、八年かけ夫婦橋が完成。 - 片目伝承戸部杉山神社の麻の葉禁忌(横浜市)
杉山神社の祭神が麻の葉で目を突かれ片目をつぶされたため、氏子は麻の葉模様の産着を用いず、麻の葉に手も触れない。昔は祭礼で豆製の片目の蛇を作り境内の小池に入れ水を掛ける祭儀があった。 - 神隠し神隠しと天狗(平塚市)
平塚市旭地区の山下では、人さらいがあったといい、人の行方が知れなくなることを神隠しと呼んだ。さらったのは天狗で、大山か導了尊の天狗の仕業だろうと語られ、行方不明者はみな天狗のせいにされたという。 - 七不思議仙石山の七不思議(川崎市多摩区)
この地はかつて道鏡仙人が住まった場所と伝わり、川越の喜多院に見られる七不思議になぞらえた七つの怪異が語り継がれていると寺の留守居の女性が話した。 - 首塚重忠の首塚・首洗井(横浜市)
鶴ヶ峰合戦の古戦場には、重忠の首を斬った処という首塚、その首級を洗ったという首洗井、二俣川が帷子川に合流する鎧ヶ淵(屏風ヶ淵)、鎧の渡と呼ぶ渡船場跡など、合戦の遺蹟が残る。 - 埋蔵金黄金千両漆万杯とイモ穴の縦穴(相模原市中央区)
相模原市上矢部には「朝日さし夕日かがやく木の下に黄金千両漆万杯」という文句が伝わっている。誰が埋めた財宝とも、その場所とも明らかではないが、話を寄せ集めると、昔この土地に屋敷を構えていた長者か、討ち死にした武者が隠したものらしいという。 - 即身仏光西上人の入定塚(秦野市)
宗教者が生きながら土中に入る入定塚。秦野では少ないが、光西上人の入定塚と行人塚が伝わる、生入定の塚の伝説。
新潟県8件
- 禁足地鮭の大助(新潟市中央区)
新潟市の信濃川と阿賀野川の合流地点には、大助・小助という鮭の夫婦が棲んでいるといわれた。漁師たちはこれを神のように恐れ、十一月十五日を漁撈謝恩日として網を入れない。 → 禁足地の解説記事 - 片目伝承七ツ釜と片目の魚(十日町市)
禁漁の滝壺で網を打った庄屋が主の大蛇と戦い片目を撃ったが、高熱を出して死んだ。以後この地の魚はみな片目になったと伝わる。 - 人柱糸魚川市の人柱伝説
新潟県西頸城郡糸魚川町寺島に行人塚と呼ばれる塚がある。姫川が大洪水を起こしたとき、原某という者が自ら人柱となり、箱に入ったまま川端に埋められた。 - 山姥弥三郎婆さん(西蒲原郡弥彦村)
新潟県弥彦村弥彦山中の小字「宮多羅」(俗に「オンバのネドコ」)は、鬼婆から改心した妙多羅天女が終焉を迎えた地と伝えられている。 - 神隠し神かくし(柏崎市)
奥州の藩士が越後柏崎への道中、石地の駅で馬を借りて先に出発した。馬方がその後を追い、椎谷の駅の問屋で荷を降ろそうとしたが、問屋は荷主がまだ到着していないと受け取りを拒否した。 - 龍神背戸の竜王様(十日町市)
倒幕挙兵で竜神の加護を受けた大井田城主が、凱旋の際に竜神を守護神として城山ふもとに勧請した。境内の杉は片枝、池のコイは片目で、雨乞いにも霊験があるとされる。 - 埋蔵金越後三条のバリオン(三条市)
越後三条附近に伝わるバリオン(産女に類する怪異)についての言い伝え。夜道でバリオンに背負ってほしいと頼まれ、承知して背負ってやると非常に重く感じられ、家に帰り着いてから見てみると、それは黄金の塊に変わっていたという。 - 隠れ里山の神(村上市)
山の神は日本各地で信仰される複合的な性格を持つ神であり、その本質の特定は困難である。新潟県ではサガミサマと呼ばれる山の神が信仰されており、特に落人伝説で知られる岩船郡三面村のサガミサマは気性が荒く、地元民から畏怖されている存在とされている。
富山県2件
- 禁足地布橋灌頂会(立山町)
立山は女人禁制のため、女性は白装束・目隠し姿で布橋を渡り極楽往生を疑似体験することで救済を願う儀式が今も続く → 禁足地の解説記事 - 神隠し高岡の宗良親王(高岡市)
後醍醐天皇の皇子である宗良親王が都から逃れて奈呉浦へ上り、上牧野へ辿りついて、今の長福寺の方へ身を隠されたと伝える。そのため石碑が建てられ、村人はこれを黒木塚と呼んでいる。
石川県8件
- 片目伝承鉢伏の片目の鮒(加賀市大聖寺下福田町)
鴨池から六百メートルほど離れたところに犬の沢集落があり、その山中に盲が池がある。昔、菅生石部神社の宮司が女神の姿を拝もうとしたとき、髪を整えていた女神が怒り、ツゲの櫛(あるいはかんざし)で宮司の目を突き刺した。 - 人柱まま子いじめ(釣鐘の人柱)(中能登町)
ある家で三人の娘を残して母親が死に、後妻を迎えた。後妻ははじめ娘たちを可愛がったが、自分の子ができると邪険になり、娘たちを家から追い出そうとばかり考えるようになった。 - 神隠し加賀遊泉寺村・伊右衛門の神隠し(小松市遊泉寺町)
加賀の能美郡は天狗が人を隠したという話の多い土地であった。同じ郡の遊泉寺村では、今から二十年ほど前に伊右衛門という老人が神隠しに遭った。 - 埋蔵金輪島市門前町の埋蔵金伝説
現在の輪島市門前町百成大角間にあたる旧鳳至郡七浦村の伝え。昔、この辺りに一人の豪農がいた。官吏の苛酷な取り立てを憤り、「漆千ばい朱千ばい栗の樹に七叭」をここに埋めたという。 - 首塚小松市の首塚の伝承
石川県能美郡御幸村今江に、胴塚と頸塚と呼ばれる二つの塚がある。元亀天正の頃の戦いの跡だと伝えられている。能美郡誌に記録されたもので、日本伝説名彙は胴塚の条に諸国の例を並べており、その一つとしてこの今江の塚を挙げている。 - 隠れ里太子信仰と板尾の神(白山市)
板尾の神社には御神体として聖徳太子の幼い姿の像が祀られ、南無仏と呼ばれている。天保六年の社旗には南無観世音と書かれており、お宮と呼ばれながらも観世音を本尊とする寺のようなものであったという。 - 即身仏冬谷の入定塚は行者玉舟が入定した跡と伝える(白山市)
石川県能美郡尾口村の冬谷に入定塚と呼ばれる塚がある。行者玉舟という者が入定した跡だと伝えられている。 - 龍神白山権現と竜の彫物(鹿島郡中能登町)
兄神が難題で高い崖を登らせると、登った瞬間に兄神が竜に化して肩に喰らいついたが弟の権現は平然と立っていた。その竜が観音堂に住みつき、掃除で上敷をまくると綺麗な色の蛇が出てきたという。
福井県8件
- 人柱能登塩橋(福井市)
橋がかからず能登の塩売を人柱にした。男は歌を残して死に、以後火の玉が出たが、妻が石柱に経を書いて投げると止んだと伝える。 - 山姥石の枕(福井市)
人里離れた家に泊まった旅人が、鬼婆に殺害される危険にさらされる。娘が旅人を救い自らが石の枕の下で死亡。別版では宿屋が旅人を石の枕で寝かせ、天井から石を落として殺害し金品を奪う。 - 片目伝承胡瓜食わず(福井市定正町)
定正の神様がいくさに負け、胡瓜棚に隠れた。その時、誤って目を突いて片目になったという。それでこの土地の人は胡瓜を作らない。 - 隠れ里腕貸山(貸塚)の伝説(坂井市)
丸い芝山で貸塚とも呼ばれ、申し込みに応じて椀家具を貸したと伝わる。柳田国男が隠れ里研究で下久米田の黍塚と同一の可能性を指摘した。 - 人魚八百比丘尼と人魚の肉(小浜市)
著者が『日本伝説大系』で八百比丘尼の伝説を調べると、北は南奥羽から北陸・中部・山陰まで百箇所以上の土地に残っていた。話の骨組みはどこも同じで、龍宮城に招かれた男が人魚の肉を盗み持ち帰り、十五、六歳の娘がそれと知らず食べて失神する。 - 龍神武穀王の悪魚退治(福井市)
越前平野はかつて悪竜の仕業で湖沼地帯だったが、後の継体天皇となる男大迹の王が海に向かって鏑矢を射ると、矢は回転しながら飛行し、その時点で湖水が一気に引いたという。 - 埋蔵金野向村女夫岩の二匹の蛇(勝山市)
高さ一丈の女夫岩に雌雄二匹の蛇がおり、農夫が一匹殺すと帰宅後急病で死んだ。残る一匹は月の前半を女夫岩、後半を弁財天の岩に住み、移動時に黄金の橋がかかり見た者に福が来る。 - 首塚蒙古来寇の時に鉄輪ほかの賊の首を埋めた耳塚(敦賀市)
武内刀禰が鉄輪を追い回した岩を追岩、首を取った所を首取坂という。
山梨県6件
- 禁足地七面山の長雨伝説(身延町)
身重の女性が参詣した際に三日三晩の大雨が続いたが僧の祈祷で収まったとされ、山の女人禁制にまつわる話として語られる → 禁足地の解説記事 - 送り狼送り犬(甲州市勝沼町)
今から百余年ほど前、京戸山の奥はまだ果樹畑にならず、円常坊の近くから上は一面くぬぎなどの林であった。その頃、送り狼と呼ばれる山犬が出没し、人々に恐れられていた。 - 隠れ里奈良王様(身延町)
早川町の奈良田は、平家の落武者が住みついた所とも、孝謙天皇の住まわれた地ともいい伝えられている。天皇はこの土地を皇居とされたことから、平城京と同じ「奈良だ」、すなわち奈良田と名づけたといわれる。 - 疫神送り厄神斎の縁起(韮崎市清哲町)
ある年の夏、清哲町折居の村に疫病が大流行し、毎戸に一人か二人の死者を出して、すでに十数戸は死に絶えるという悲惨な有様に陥った。 - 埋蔵金昔話・財宝発見(七蔵と消える女)(上野原市)
井戸地区で語られた昔話。ひとり住まいで、昼間働きに出て夜に家へ帰る七蔵という、性格もよく働き者の男がいた。一日働いて帰り、食事をしていると、お勝手の窓に女が来て「七蔵あぶない、七蔵あぶない」と毎晩長く言っては帰ってゆく。 - 巨人伝説ダイダラボッチ(南巨摩郡早川町)
昔々、ものすごい大男がいて、片足を早川の谷に、片足を伊那の谷に置いて立ち、何をするつもりだったのか、大地を手で掘って一握りずつあちこちへ置いた。
長野県8件
- 夜泣き石込山の夜泣き石の祟り(埴科郡坂城町)
込山区の夜泣き石のある所はよく祟るといわれ、嫁入りの行列はそこを通らないことにしていたと坂城町の民俗調査に報告されている。 → 夜泣き石の解説記事 - 首塚南佐久郡南牧村の首塚の伝承
信玄が源心を破った時、死骸を賽の川原まで運び首を落として胴だけを埋めた胴塚。今は地蔵が祀られ、首塚は若神子村にあるという。 - 人柱舌喩池(上田市)
池の土堤が崩れるため籤を引いて人柱を立てることになり、当たった者が自ら舌を噛み切って犠牲となり埋められたことから舌喩池と呼ぶ。 - 片目伝承小海町の片目の魚の伝承
旧南佐久郡北牧村松原(現在の長野県小海町の松原)の片目神の伝え。神が片目であるという例は各地に多いが、当地では、諏訪様が白馬に乗って松原へ来られたとき、胡麻で眼を突かれたと伝えている。 - 埋蔵金朝日長者(南佐久郡佐久穂町)
南佐久郡八千穂村(現佐久穂町)には長者原というところがあり、「朝日さす夕日輝くそのもとへ牛に三駄馬に三駄」という歌を伝えている。 - 山姥巨人の足跡(上伊那郡箕輪町)
長野県上伊那郡箕輪町中箕輪ほかの話。巨人の足跡、「デイラボッチャ」の足跡、または山姥の足跡などと呼ばれるものが、平地から山続きになった土地で少し水の湧き出る所にある。 - 七不思議京の岩の壁塗り天狗(南佐久郡北相木村)
相木川岸の大岩壁の一間四方が荒壁を塗ったように見えることがあり、壁塗り天狗の仕業とされ、京の岩の七不思議の一つに数えられる。 - 隠れ里平家落人(安曇野市)
長野県南安曇郡三田村(現堀金村)に伝わる平家落人の話。平家谷の伝承は各地でしばしば聞かれるが、この村では昔、平家の落人の一族がアルプスの山中に逃れ来て、後にだんだん里に下って住んだといわれている。
岐阜県8件
- 首塚鬼の首塚・胴塚・手塚・首洗い池(御嵩町)
鬼が再び何をするかわからぬとして、五体を首・胴・手に切り分けて別々に埋めた首塚・胴塚・手塚がある。首塚には頭痛平癒の千本幟が両側に立てられた。 - 埋蔵金朝日長者(多治見市笠原町)
土岐郡笠原町(現多治見市笠原町)に伝わる話。三河の鳳来寺はもとこの地にあったといい、廃寺の址に寺宝の金鶏を埋め、三つ葉ウツギを植えて碑を建てたという。 - 隠れ里平家落人(山県市)
岐阜県山県郡美山町に伝わる隠れ里の話。昔、神崎の人が、生活用品が川を流れてくるのを見つけた。この川上には誰も住んでいないはずなのにと不思議に思って探索したところ、やっとのことで仲越の集落を見つけたという。 - 片目伝承古井の片目の神(美濃加茂市)
古井の野笹に片目の小さい人が多かったのは、古井神社の神が村人の家をめぐった時、赤ん坊の泣き声に家をのぞきこんで…という、片目の神と片目の村人の伝説。 - 送り狼木積沢(中津川市)
いちばん恐ろしいのは送り狼で、よくあることだという。狼がついてくるのは守ってくれるのか、食いたくて来るのか分からないが、倒れれば食われるので、倒れないように帰ってくる。 - 神隠し美濃大豆村の重五郎が鉄砲の妙を得る(郡上市)
文化三年、美濃国郡上郡大豆村に重五郎という十四、五歳の少年がいた。ある日、裏の風呂に入っていたところ天狗にさらわれ、まず自宅の入口にある三囲ほどの松の梢へ連れて行かれた。 - 龍神白米城(山県市)
岐阜県山県郡高富町の白米城にまつわる伝説。天文年間、斎藤秀竜が大桑城を攻撃した際、城内の水が枯渇した。城主は米蔵の米を昼間に滝のように流し、遠くから見ると水が流れているように見せかけた。 - 疫神送りお柳さま(美濃加茂市)
木曽川と飛騨川の合流地川合に疫病が流行し、災難疫病に霊験ある下古井天王社に住民が詣で小さな柳を神霊のよりましとして祈願すると数日で疫病が平癒した。
静岡県8件
- 夜泣き石夜泣石(掛川市)
小夜の中山で賊に斬られた妊婦が産んだ子は石の下に助かる。石が夜泣きし、弘法大師が供養。子は飴で育つ。子育飴の由来。 → 夜泣き石の解説記事 - 首塚十九首(従士の首塚)(掛川市)
静岡県掛川市に十九首という字がある。この地は、平将門以下十九人の従士の首を埋めた処であると伝えられ、それが地名の由来になったという。 - 埋蔵金伊東市の埋蔵金伝説
静岡県田方郡伊東町原畑(現伊東市)に、七塚または物見塚とも呼ばれる塚がある。ここは伊東城の址であって、塚には宝物が隠されているとも言われ、掘ることを禁じているという。 - 隠れ里京丸牡丹(遠州七不思議)(浜松市天竜区)
平家落人が隠れ住んだとされる幻の隠れ里で、享保年間の洪水で下流に椀が流れ着くまで存在すら知られなかったという秘境伝説 - 神隠し竜爪山の神隠し(金六郎)(静岡市葵区)
高熱で臥した金六郎が脇差を抜いて空へ舞い上がり竜爪山へ飛翔。三日後ススキ中で発見されるが捜索者に斬りつけ、また鳥のように宙に舞い上がった。 - 龍神坂上田村麻呂と竜神(浜松市)
蝦夷征伐に向かう坂上田村麻呂将軍が天竜川を渡った際、一夜の宿を求めた美女と契りを結んだ。再会した際、女は身ごもっており産屋を建てさせるが、将軍は覗くなの禁を破ってしまう。 - 山姥遠江奥山の山姥と三子(浜松市天竜区)
久良機山の子生たわに山姥が住み、時に民家の紡績を助け、多年で三子を生んだ。長男龍筑房は龍頭嶺、次男白髪童子は神之澤、三男常光房は山住奥院の山の主となったと遠江国風土記伝に記される。 - 片目伝承沼津市の片目の魚の伝承
沼津へ魚の取材に出かけた作家火野葦平が、三十年以上も船に乗ってきた老漁師や船頭に会って聞いた船幽霊の怪異の一つ。何十年も通い慣れ、目をつぶっていても入港できるはずの港の入口が、霧もかかっていないのに、どうしてもわからなくなったことがあったという。
愛知県8件
- 夜泣き石夜泣石(一宮市木曽川町)
愛知県葉栗郡木曽川町黒田の白山神社の付近に夜泣石がある。初めは境内にあったが、毎夜丑満時になると泣くので外へ出したところ、泣き止んだという。 → 夜泣き石の解説記事 - 禁足地女人禁制の山(犬山市)
女人禁制の尾張富士に、仏に仕える身ゆえと尼僧が登ると、傍らの石に手をついた途端、手が岩から離れなくなり、祈祷でようやく離れた。 → 禁足地の解説記事 - 首塚京へ送る途中の将門の首を埋めた首塚(名古屋市)
熱田本宮で将門誅伏を祈願した時、神輿の裾に血がついていたが、その時将門が相馬で誅されたと伝える。 - 人柱生田橋の人柱(北名古屋市)
幼川の氾濫を止めるため人柱を入れることになり、言い出したおそのの父自身が人柱になった。おそのは父の頭上を通って嫁ぐことはできぬと縁談を断り、尼となって父の冥福を祈った。 - 龍神雨乞の面(常滑市)
伊勢の海の竜神が高砂山に置き忘れた翁の面を村人が持ち帰り、旱の時その面で雨乞神事を行うと、竜神が面を取り戻そうと大雨を降らせるという。 - 埋蔵金鬼松と鎧かけの松(家康と埋蔵金)(田原市)
天正十年(一五八二)、本能寺の変に際し、家康は手勢わずか五十人足らずで大坂から伊賀の山を越えて海に逃れ、西ノ浜に上陸した。 - 神隠し太山宗護居士の神隠しと予言死(名古屋市西区)
神隠しに遭い十年後帰宅。ある人に連れられ世界の大山を巡っており七日目に白馬が迎えに来ると告げた。七日目正午に「白馬が迎えに来た」と両親に別れを告げ息絶えた。 - 隠れ里花山天皇の隠れ里(北設楽郡東栄町)
昭和30年代に無人化した山中の廃集落に、平安時代の花山天皇が隠れ住んだという伝説が残り、石像に「花山」の文字が刻まれている
三重県5件
- 隠れ里平家落人(度会郡南伊勢町)
当地へ落ちて来た平家の残党が、相賀浦のヨナゴの浜で塩焼きをして暮していた。浜の背後の山の頂(局ヶ頂)には一族のうちのお局さんが居り、ここから敵を見張っていた。 - 七不思議不断桜(津市美杉町)
三重県一志郡美杉村(現津市美杉町)に伝わる、多気七不思議の一つ。消要院の庭に咲く牡丹は、冬でも花をつけるといい、そのため消要院は「不断牡丹」と呼ばれていた。 - 八百比丘尼若狭の八百比丘尼(松阪市佐久米町)
昔、この地に若狭から来た八百比丘尼が住んでいた。その尼が言うには、この地の黄金はまだ若い、まだ掘ってはならぬ、と。その黄金が埋めてあるという塚を八百比丘尼塚と称する。 - 首塚四鬼の窟 坂上田村麻呂(南牟婁郡御浜町)
昔、尾呂志に鬼が住んでいた。金堀の南の谷を少し上ったところに一つの窟があり、今も四鬼の窟という。鬼はここに住居を構え、ときに子供をさらうので、村人は恐れて田畑にも出られなかった。 - 疫神送り八王子祭り(三重郡朝日町)
享保年間の疫病流行時、八王子の神に祈り藁束の松明に火を付け叩き合ったところ疫病が鎮まったのが起源。今も8月13日にふんどし姿の男衆が松明を叩き合う
滋賀県6件
- 首塚千枝村の将門首塚と再脱出(愛荘町)
将門の首が飛んで落ちたという伝承は、隣の滋賀県にもある。愛智郡千枝村の将門首塚がそれで、こちらは冤罪を訴えるため京へ飛ぶ途中だったのだという。 - 人柱土師の人柱(守山市)
古い堤がたびたび切れるため、女中(一説には姫)を人柱にして鎮めてから、堤防は切れなくなったと伝えられている。 - 片目伝承深川の神さまと三大寺の神さま(甲賀市)
滋賀県甲賀市(旧甲南町)には、深川の神と三大寺の神という仲の良い二柱の神が、新治の神の娘である美しい姫を巡って争った伝承が残る。 - 隠れ里金の鶏(長浜市余呉町)
平家の落人が黄金の鶏を埋めて逃亡し、その傍の滝から鈴の音がするので鈴ヶ谷と呼ぶようになった。元旦の朝に鶏の鳴き声が聞こえるという。 - 雷除け蓮如の雷封じ(東近江市今代町)
昔、今代の集落は夏になると雷の集中攻撃を受け、大きな被害が出た。ある日、旅の修験者が今代に来て、集落全体を妖気がおおっているのに気づき、村人に尋ねると雷の被害が多いという。 - 送り狼井桁屋婆(長浜市余呉町)
木ノ目峠から太郎が母が嫁に来たが、狼が太郎が母を食べてその母になりすましていた。当時、敦賀市の田尻から五幡峠へ降りる所に神庫があり、そこへ泊まった旅人の前に狼が出たので、旅人は松の木の上へ逃げた。
京都府5件
- 埋蔵金金の鶏(亀岡市馬路町)
京都府亀岡市馬路町池尻にある坊主塚と呼ばれる方墳には、金塊が埋蔵されていると言い伝えられている。これを掘り出そうとした男性が、金色に輝く鳥が飛び立つのを目撃したところ、その直後に失明してしまった。 - 人柱土師の人柱(福知山市)
たびたび崩れる土師川の井根に、観音を信心する千切り売りの娘が人柱に立つ。幽霊の噂を川施餓鬼で鎮めた。 - 疫神送り県神社の大幣神事(宇治市)
平安以来の疫神祭で、三メートル余の大幣が巡行し各辻で地搗きの所作をして疫神を祓う。最後は大幣を綱で宇治橋まで引き、橋上から川に投げ入れ、あとを見ずに帰り災厄を祓う。 - 送り狼送り狼(京丹後市弥栄町)
昔、京都あたりへ働きに行っていた国久の人が、大晦日に給料をもらって帰る途中、日が暮れて困っていた。すると、ものすごく背の高い、鬼のような感じのする人が出てきて、どこへ帰るのかと尋ねた。 - 隠れ里山腹に多数の古墳が散在し百塚と称する(亀岡市)
京都府亀岡市(旧南桑田郡千代川村)の内辻山、向かい山、北庄山などの中腹に多数の古墳が散在しており、これを千代川村の百塚と称している。
大阪府8件
- 夜泣き石夜泣石(大阪市阿倍野区)
大阪市阿倍野区の丸山通にある巨石は、兼好法師が薬を打った石として伝わる。この石を別の場所に運ぼうとすると、夜中に「ジャクロに帰ろく」と聞こえる声がするため、他所への搬出ができず、やがて「夜泣石」と呼ばれるようになったという。 → 夜泣き石の解説記事 - 龍神蘇我馬子の龍封じ(堺市堺区甲斐町)
堺市甲斐町、大寺の境内にある行基の井戸に一匹の大蛇が住んでいた。年に一度昇天するが、その日は必ず大雨大風の嵐になり、黒雲が舞い下って井戸の上に水柱が立つと、龍はそのまま天へ上った。 - 人柱堂の池の人柱(交野市)
堂の池の改修で堤が切れるのを案じた僧(尼ともいう)が、自ら人柱になると決め、池中に床を組み『私の鐘の音が聞こえなくなったら人柱になったと思え』と言って入水。 - 七不思議聖徳太子と七不思議(南河内郡太子町)
叡福寺(上の太子)の太子廟の七不思議(二股竹・三つ破石・積上石・逆杉・槻の杖・凹まぬ雨垂・宝物の利益)。鶏を飼わぬ由来。 - 即身仏堀江の人魚(大阪市西区)
推古帝の二十七年、摂津国の漁夫が網を堀江に仕掛けておくと、異様な動物が網にかかった。その形は魚でもなく、人でもないというものであった。 - 首塚高塚――惟喬親王の鷹(交野市)
村の北の『高塚』は、惟喬親王が狩りに来た山とも、鷹の首を埋めた塚ともいわれる、鷹にまつわる塚の地名伝説。 - 埋蔵金神功皇后(堺市堺区三国丘町)
神功皇后が堺の浦へ上陸し、三国ヶ丘で「かたたがい」をされたときのことである。皇后は日ごろ肌身離さず持っていた黄金の小さな鶏を丘に埋め、ここで永久に民人に暁を告げよと仰せられた。 - 疫神送り久松留守の貼札(大阪市)
大正七年、大阪で流行した流行性感冒には「お染風」という異名がつけられた。歌舞伎の「お染久松」にちなみ、恋人の久松が留守の家なら用がなく入ってこないだろうと考えた大阪市内の頭の良い男が、「久松留守」と書いた貼札を家の入り口に掲げ、疫病よけとしたという。
兵庫県8件
- 禁足地三田市の禁足地の伝承
花山院は女人禁制で、女御弘徽殿と11人の女官は登山を許されず麓に草庵を営み尼僧となって永住した。折にふれ琴を弾じて法皇を慰め世を終えた。 → 禁足地の解説記事 - 人柱土師の人柱(南あわじ市)
倭文に大きな池があった。その池の堤がよく切れるので、困った村人は人柱を立てることにした。結局、言い出した「市」が立つことになった。 - 隠れ里茄子作らず・鶏飼わず(平家落人の禁忌)(上郡町)
壇ノ浦後に平経盛が隠れ住んだ山里。源氏の兵が川上から流れる茄子と箸で人の存在に気づき、さらに鶏の鳴き声で居場所が露見して経盛は切腹。 - 首塚師直塚の祟り(伊丹市)
足利の執事・高師直ら惨殺された四人の首塚を動かすたび祟りが起きた。大正四年に供養碑を建てた寄進者14人の一家が全て死に絶え、うち一家は毒にあたり八人が一夜で悶絶したと伝わる。 - 送り狼送り狼(豊岡市竹野町)
狼が頭上を飛び越えるとその人は死ぬといい、女はかんざしを頭の上に立てて歩き、男は煙管でも何でも金物を頭の上に立てる格好をして歩いた。 - 神隠し美嚢郡・狗賓さんと子の茶碗を叩く捜索(三木市)
播磨東部の美嚢郡では、迷子は狐ではなく狗賓(天狗)に隠されたのだと言われた。捜し歩く一行のうち一人が、その子供が常に使っていた茶碗を手に持ち、木片で叩きながら歩いたという。 - 龍神神池寺の澄まず池(美方郡香美町村岡区)
昔、春来峠の登り口に、大樹が並び昼でも暗い森に囲まれた大きな池があった。この池には竜が住んでいるという噂が広がって、誰も近づかなかった。 - 埋蔵金芦屋市の埋蔵金伝説
兵庫県武庫郡精道村(現・芦屋市)にある黄金塚。昔、阿保親王の御殿があった跡で、黄金千枚と瓦一千枚をこの塚の中に納め、里人が飢餓に及んだ際にはこれを掘り出して五穀に代えて飢えをしのぐようにと親王が諭したと伝わる。
奈良県8件
- 禁足地女人禁制破る(天川村)
日本の山には女人を容易に登らせない山が少なくないが、大和の山上ヶ岳は現在もこの掟を守っている。祟りや不浄を理由にするのではなく、日本古来の信仰の形をとどめる場としてこの禁を保つ人々がいるとされ、いつまでこの戒律が続くかが問われている。 → 禁足地の解説記事 - 人柱奈良市の人柱伝説
奈良県山辺郡都介野村崗生は、昔は池であったという。その池の堤には女郎塚と馬塚という二つの塚がある。この堤を築く際、宇陀郡東郷の娘が馬に乗って嫁入りの道中を通りかかったのを、馬もろとも生き埋めにしたと伝えられている。 - 片目伝承猿沢池の竜・蛇が池の主(奈良市)
猿沢池の竜、蛇が池、尼が池の主、片目の竜、竜退治、竜腹寺など、奈良の池に棲む竜・蛇の主の伝説群。 - 龍神雨乞い争い(奈良市)
奈良の東大寺と忍辱山の円成寺が雨乞いの競争をしたことがあった。負けた方の寺の僧は今後大傘をささないと約束して始めたもので、東大寺が七日間祈願をこめても一滴の雨も降らなかった。 - 埋蔵金長者屋敷(天理市佐保庄町)
佐保庄の朝日寺の境内に、今はなくなっているが、もと「三つ葉うつぎ」といって、その葉が三つに分かれた奇木があった。 - 送り狼山犬石(五條市)
昔、狼がしきりに古墓を荒したので、弘法大師がこの石に腰をかけて狼を諭し、この石を舐めつくすことができたなら墓を荒してもよいと言った。 - 首塚高市郡明日香村の首塚の伝承
奈良県高市郡明日香村の多武峰西麓にある気都和既神社は、モウコンの森と呼ばれている。伝説によれば、蘇我入鹿が中大兄皇子と中臣鎌足に討たれた際、入鹿の首が飛んで鎌足を追ったという。 - 疫神送り弘法大師の高野尋入(吉野郡大淀町)
薬水に薬水井というのがある。弘法大師が大和室生山と紀伊高野山とを往復していたころ、里人が疫病に悩んでいるのを聞いて、この霊泉を教えた。
和歌山県3件
- 人柱人柱になった彦五郎(上富田町)
富田川の洪水対策で人柱を求められた際、無口な彦五郎が着物に横継ぎのある者を選ぼうと提案したが自分の着物にその継ぎがあり自ら人柱となった - 埋蔵金日高郡日高川町の埋蔵金伝説
日高郡船着村船津に飯盛山という山がある。湯川氏の城趾であるといい、小判が埋めてあると伝えるが、掘ってはならないといわれている。 - 奇譚蒔かずの稲田(田辺市)
竜神村に蒔かずの稲の田がある。昔、小栗助重が入湯した時、藁をもって髪を結び、その使い残りを捨てたところ、その藁が自然に根を生じて実を結び、今に至るまで年々蒔かずして稲が生え実るので、こう名づけたのだろうという。
鳥取県5件
- 人柱乙女ヶ池(倉吉市)
倉吉市大原地内の人たちは、草と藁で編んだ「かしわみの」を絶対に着ない。三徳、竹田の渓谷から流れ出る竹田川は河原が多く曲がりくねり、昔は大雨が続くと濁流が随所で堤防を破壊し田畑を押し流した。 - 奇譚伯耆の白兔(西伯郡大山町)
遠い神代の昔、この地に白兔がいた。鱒に乗り、木の枝に乗って川を流れ、ついに海に出て、正北にあたる隠岐の島へ漂い着いた。この川を木の枝川(今の甲川)といい、鱒はこの地より上流に遊べないという。 - 埋蔵金金の鶏(倉吉市駄経寺町)
鳥取県倉吉市の駄経寺地内にあるハネリの樹の下は、かつて大御堂という寺院跡である。この地には黄金の鶏が埋蔵されており、その鳴き声を聞けば富を得られるという伝説がある。 - 隠れ里しんどが池(倉吉市)
鳥取県倉吉市に伝わる話。毛利の大軍に攻め落とされた小鴨城から竹田方面へ落ちのびた城兵が、いちのまっかの頂上で清水の湧く小池を見つけ、「ああ、しんど」と疲れ果てた身体を休めた。 - 送り狼がいだが婆(岩美郡岩美町)
蒲生峠で旅人を食う一軒家の婆(古狼)。狼の肩車を旅人がバイサで打ち、納戸で眉間を割って寝る古狼を見て逃げた。
島根県8件
- 禁足地雲州皿屋敷(安来市野方町)
安来市の野方に、戸井ゾネ長者の屋敷跡と伝えられる所がある。その西北にお菊荒神が祀られている。むかし、長者の家に大切な客が来たので御馳走が出され、代々秘蔵の什器・家宝も取り出された。 → 禁足地の解説記事 - 首塚松山城落城の時の戦死者を埋めた首塚・胴塚(江津市)
島根県那賀郡松山村、現在の江津市松川町の一帯にあたるこの地には、松山城が落城した際の戦死者を埋めたと伝わる首塚と胴塚がある。 - 人柱乙女ヶ池(安来市利弘町)
昔、利弘に板製の唐箕屋、つまり「いたんどう」屋があり、農業の合い間には「板ん唐箕」を売り歩いていた。ある日、出雲市(旧、神門村)に行ったが、ちょうどそこでは大川の橋普請の最中で、人柱を立てねば工事が進まない状況になっていた。 - 八百比丘尼粟島の八百ベクサン(安来市)
安来の曹洞宗、法雲山洞正院に安置されている地蔵菩薩は、八百比丘尼の作と伝えられている。八百比丘尼は人魚の肉を食べて八百歳の長寿を保ったという老女で、諸国を遍歴しながら仏像を刻み、寺々にその跡を残したと語り継がれる。 - 山姥山姥のはたせ(出雲市)
布崎の南部に沖の島がある。沖の島はもと地部の土地と地続きであったが、殿様の時代に北船川が掘られたので、今では離れ島になっている。 - 隠れ里多鯰が池(松江市外中原町)
外中原町に松平家の武士(赤松姓との説もある)夫婦がいたが子がなく、夫人は信仰していた大山寺の観音に願かけをしていた。願いが通じたのか女の子が生まれたけれど、成人するにしたがって大山寺に参りたいと言いだした。 - 埋蔵金金の鶏(江津市桜江町)
川越地区の江戸見山にある極楽郷には、かつて極楽寺という寺があり、黄金の仏像が安置してあったという。理由は不明だが、その仏像と鶏一羽、黄金の仏具を埋めた上に白椿を植えたという。 - 神隠し松葉掻きのマスを狐が山中連れ回す(大田市)
島根県のある村で、娘マスが古城山へ松葉かきに行った際、崖下へ石を落として狐の巣穴を塞いでしまった。数日後マスが行方不明になり、家族や町内総出で捜索するも見つからず、修験者に見てもらうと狐が憑いて「マスが石で我が穴を塞ぎ苦しめた仕返しに連れ回している。
岡山県7件
- 夜泣き石赤子岩の足跡と夜泣き祈願(高梁市)
服部・安田の県境、後北にある赤子岩には赤子の足跡がついているといい、赤子(または継子)がその岩に上ろうとして泣いていたときの足跡だと伝えられる。 → 夜泣き石の解説記事 - 禁足地富村のミサキを祀るフロ(苫田郡鏡野町)
三浦秀宥『荒神とミサキ』に載る禁断の森の話。苫田郡富村大のフロは、村を東方に見下ろす山の中腹にある。フロの下は谷で、そこの山田は「ミサキさんの田」と呼ばれ、下肥をしたり女性が入ったりしてはいけないとされた。 → 禁足地の解説記事 - 神隠しキシオジンスジの神隠し(高梁市)
上房郡北部では、乾から巽の方角に見通しのきく筋道をキシオジンスジと呼び、そこに家を建てることを忌む。明治のはじめ頃、音さんという老人の家で庚申祭の晩に供える牡丹餅の支度をしていたところ、外に遊びに出ていた孫の姿が見えなくなった。 - 龍神荒戸神社(総社市)
岡山県総社市堂砂の荒戸神社は、もともと滝山のエボシ岩山頂に鎮座していた六社権現でした。しかし竜神の祟りにより水島灘での漁船難破が相次いだため、水島の漁民の願いで現在地に遷座しました。 - 送り狼美川村の送り狼(真庭市美川村)
三浦秀宥『荒神とミサキ』に載る話。真庭郡美川村の女性が隣村から帰宅する途中、やはりナメラスジと呼ばれている城山の麓の寂しい道を通りかかると、背後から何かがひたひたと音をさせて後をつけてきた。 - 隠れ里阿伏兎観音(備前市)
和気郡日生町上山の話。源平合戦に敗れた平家の一武将が波間に漂っているのを漁夫が助けた。武将が美しい甲冑を身につけ黄金を持っていたので、漁夫は悪心を起こし、煮え立ったかゆを浴びせて殺し海に投げた。 - 疫神送りきゅうりを作らない家(苫田郡鏡野町)
昔、原村に疫病が大流行し、村中に病人が続出した。そこで村人たちは津山の祇園様に願をかけ、村中一同きゅうりを植えないと約束した。
広島県7件
- 夜泣き石夜泣きの松(三原市)
神功皇后が御船をつないだという下り松は、嬰児の夜泣き癖を治す霊木として信仰された。枝や根に火をつけ嬰児に見せると夜泣きがやみ、京都の岩倉家や薩摩島津侯が奉謝の額や絵馬を奉納したと伝える。 → 夜泣き石の解説記事 - 人柱福山市神辺町の人柱伝説
人柱伝説の一群のひとつである。深安郡神辺町八尋では、堤防の決潰を防ぐために、通りかかった炮烙売を犠牲にしているという。福山城を築くときにも、朝一番先に通る男をと決め、松永方面から来た魚売りを捕まえて犠牲にした。 - 首塚尼子氏の戦死者の胴を埋めた所と伝える胴塚(安芸高田市)
広島県高田郡丹比村、現在の安芸高田市吉田町の一帯にあたるこの地には、胴塚と呼ばれる塚が伝わっている。『高田郡誌』によれば、尼子氏の戦に敗れた兵たちの胴体をこの地に埋めた跡であるとされ、地域の言い伝えとして今日まで大切に語り継がれてきたという。 - 隠れ里お万伝説(安芸高田市)
源平の戦いで平家が滅びたのち、平家の落人が山の奥に隠れ住んでいた。源氏の者が探しても在り処が分からないので、お万という婆さんの隠れている山を焼くと、堪えかねて出てきたところを捕らえて首をはねたという。 - 即身仏庄原市の入定・即身仏の伝承
中をくりぬいた竹竿の先を地上に出し線香に火をつけて埋められ、七日七夜香煙が昇ったという。経文をとなえながら死んだとみられる人柱伝説。 - 埋蔵金百貫島(福山市鞆町)
海に落とした黄金の大刀を、若者次郎が拾うがフカに食われ死す。百貫の金で海人の石塚を建てた百貫島の由来。 - 片目伝承安芸宮島廻廊屋根の大足跡(廿日市市)
一足の怪は熊野ばかりの話ではない。安芸の宮島でも、雪の朝に廻廊の屋根や舞台の上などに、常人の足を三つ四つも合わせたほどの大足跡が、一丈ばかり隔てて雪の上に印されていることがあるという。
山口県6件
- 禁足地蓋井島「山ノ神」神事と森の禁足(下関市)
島の家々を4つの組に分け、辰年・戌年の11月に神霊が宿るとされる森「やま」で山の神を祀る。この森は普段、立入り・枯枝拾い・枝切りが固く禁じられている → 禁足地の解説記事 - 人柱於龜銀杏(下関市)
稲荷町の美人於亀が病で醜女となり、亀山八幡宮の築地工事の人柱に自ら進んで生埋めとなり工事が完成。記念に植えた銀杏の実におはぐろがあると伝える。 - 隠れ里平家谷(下関市)
周防灘に生息する蟹の一種に、人間の顔のように見える模様を持つものがいる。これを平家蟹と呼び、壇の浦の戦いで滅亡した平家の人々が蟹に化したという伝説が存在する。 - 首塚下関忌宮神社の塵輪伝説と奇祭数方庭(下関市)
忌宮神社に伝わる塵輪伝説。仲哀天皇が塵輪を射落とし、その首を埋めた石が『鬼石』。数方庭奇祭の起源。 - 埋蔵金宇部市の埋蔵金伝説
山口県厚狭郡宇部市には、戦国時代にこの地を治めた厚東氏が大内氏に攻め滅ぼされた際、城のどこかに財宝を埋めたという伝承が残っている。 - 送り狼長門市の送り狼の伝承
山口県大津郡宇都賀村(現・長門市油谷宇津賀)に伝わる狼塚は、嫁いできた者の正体が狼だったという話にまつわる塚である。
徳島県7件
- 人柱人柱と八合霧(三好市)
昔、池田に古池という池があり、そこには人柱が入れてあると伝える。山城町の伊予川筋の奥の屋敷の娘が、脇町へ行った父に金を届ける途中、夜明け前に池田を通りかかった。 - 山姥たもと石(三好市)
昔から山姥のたもと石というのが西山落の畑中にある。一トンほどあるそうだが、勘吉という人が動かそうとしたところ、腹が痛みだし、あわててもとへもどすとなおったという。 - 隠れ里平家の馬場(三好市)
三野町には「建礼門院の墓」、平家の矢がささったという「二本杉」、主人と家来が自刃した「主従の墓」がある。 - 送り狼三好市の送り狼の伝承
山へ木を採りに行った人が、夜遅くなって帰れなくなった。その人が「山の神さん、どうぞ家まで無事に帰れますように」と頼みながら帰ったところ、山犬さんが出て来て送ってくれ、無事に家まで戻れた。 - 埋蔵金木頭城と稚児の森(那賀郡那賀町)
蜂須賀氏に従わず討たれた細川大隅は北川船谷で舎人に刺され最期を遂げ、その夜は剣撃の音が聞こえるという。夫人は稚児を黄金と共に生き埋めにし、稚児の森では夜に子供の泣き声がしたと巡査夫妻が語り、榧を伐った僧が祟りで腹痛を起こした。 - 片目伝承阿南市の片目の魚の伝承
徳島県阿南市の明谷にある観音堂の観音像は、弘法大師が一夜で彫ったとされるが、夜明けにより片手が未完成のまま残された。この観音像は火事の際に自らエビナ池へ飛び込んで身を守ったという伝説が伝わっている。 - 龍神弘法の蛇封じ(名西郡神山町)
徳島県神山町の竜王山に棲む悪竜が住民に害をもたらしていた。弘法大師が山上の石室に籠もり、37日間にわたって修行と祈祷を行った。
香川県8件
- 人柱人柱と八合霧(さぬき市)
香川県大川郡大川町の田面次郎池の堤は王子権現の跡地にあり、大雨の度に崩壊していた。問題を解決するため、ある朝一番に通りかかった母子を人柱として埋めた。 - 片目伝承デスイ(綾歌郡綾川町)
香川県綾歌郡綾南町畑田の畑田八幡にデスイがあり、ここは神さまが水浴びをする所だという。このデスイには昔から片目のうなぎが棲んでいたが、ある者がそのうなぎをとって食べたところ、家中の者が片目になってしまったという。 - 神隠しサンダラ呼びと神隠し(さぬき市)
昔、ある家で親がふいに居なくなった。村の人が大勢出て探しまわったが見つからず、サンダラを呼んで連れ戻した。また居なくなってはいけないと嫁に番をさせていたが、嫁が茶を炊いていると「あら手ー」という声がした。 - 首塚三豊市の首塚の伝承
旧三野郡勝間郷上麻村にある首塚の話である。この地では毎年十一月九日に鹿の頭を諏訪の神に奉り、祭りを終えるとその頭をこの塚に納めるのがならわしであった。 - 山姥石田村の姥ヶ石と細川国弘(さぬき市)
東部讃岐の石田村には姥ヶ石があるが、その由来はよく分からず、細川民部大輔国弘の強勇譚だけが残っている。文禄元年十二月、国弘が山に遊んでいると、老嫗が路を横切った。 - 龍神当願堂(さぬき市)
造田長行に暮当、当願という仲のよい兄弟が住んでいた。志度寺本堂が建立された日、兄の当願は法席にいながら、猟に出た弟がえものを一人じめにしているようで気もそぞろだった。 - 隠れ里田尾の地蔵(高松市庵治町)
木田郡庵治町田尾にある地蔵。平家の落武者が地元の娘と夫婦となり、六十余才で死ぬとき、海が見える所へ葬って欲しいと言い残したという。 - 埋蔵金黄金山(さぬき市)
大道の北、大井との間の山である。この片山には朝日がさし、夕日がさす南天の木の根元に黄金が埋めてあるといわれていた。おじいさんが松を掘っていると黄金が出たが、古鉄だと思い置いていた。
愛媛県6件
- 人柱人柱と八合霧(久万高原町)
愛媛県上浮穴郡柳谷村(現・久万高原町)永野に伝わる人柱の話。橋の柱を立てる際、縞模様の着物にかすりの継ぎがあたった老婆を人柱として穴に埋め、二十一日分の食料を入れて丸い鐘を打ち鳴らしながら経を読んだという。 - 片目伝承瀬登りの太刀(北宇和郡松野町)
天神渕に武士が釣りに行くと、大蛇が一呑みにしようとしたが、刀の小束がひとりでに飛び出して大蛇の目玉に刺さった。それでここを片目なしの淵とも言い、大蛇は四万十川へ移ったという。 - 隠れ里首切れ馬(南宇和郡愛南町)
平家の落人が追捕の武士に見つかり、今はこれまでと松の木に槍を投げて刺した。それでこの松を槍松と呼んだ。この槍松のあたりを首のない馬が夜な夜な走り回るので、地蔵を建てて馬の霊を弔ったという。 - 疫神送り八幡の咳の神様(砥部町)
愛媛県伊予郡砥部町の大南地区にある大谷には、かつて守・介・尉の官位を持つ三人兄弟の侍がいた。彼らは長宗我部の攻撃により滅亡したが、現在も大谷に墓が祀られている。 - 龍神八幡浜市の龍神伝説
いつの頃からか、五反田の保安寺裏の小池に雄の竜神が住んでいた。成長するにつれ池が小さくなり、どこかへ移りたいと考えて大島の大入池に目をつけたが、大島ははるか海の向こうである。 - 埋蔵金猿王権現(南宇和郡愛南町)
昔、ある人が宿を求めたが、どこも泊めてくれなかった。ある家で泊めてもらうと、翌朝それは金の小判になっていた。その家は一本松の田中で長者になった。
高知県7件
- 人柱人柱と八合霧(中土佐町)
昔、大水が出るたびに堰がこわれるので、人柱を立てて堰を守ってもらおうということになった。一番先に弁当を持って来てくれた人を人柱に立てようと決まり、最初に弁当を持って来た十三になった娘のおこうが、箱に入れられて堰に埋められた。 - 山姥山姥と山焼き(吾川郡仁淀川町)
池川の百姓がこもり山という山に登って山焼きをしたが、急に強い風が吹き出したので、中止して戻ってきた。その晩、夕食後に美しい女が訪ねて来て、明日の山焼きを一日延ばしてくれと頼んで帰る。 - 隠れ里盗人洞(土佐清水市)
足摺岬の大岩穴・盗人洞は源平の戦に追われ「切り詰め」で詰められた平家の落人が隠れた所。岩に刻んだ道標を残し、切り詰めに墓が五つ六つある。 - 埋蔵金宇賀の朝日長者(宿毛市)
宿毛市の沖の島には、三浦一族が最初に住んだ「御先祖」という所があり、そこに小判千俵が埋められていると伝えられてきた。その在処を示すものとして、「朝日さし夕日輝く桜木のもと漆七箱小判千俵」と歌われてきたという。 - 疫神送り弘瀬の鴨姫さま(四万十市下田町)
豊玉姫が重い病に罹り、椀に乗せられて海に流された。椀は下田の浜に漂着し、村人に手厚くもてなされた。姫は井戸で身を清めて療養したが、病状が悪化したため、自分を祀れば村に悪い病をもたらさないと約束して亡くなった。 - 片目伝承室戸元の片足神と半金剛の片足奉納(室戸市)
南路志によれば、土佐安芸郡室戸村大字元字船戸に片足神という社があり、社は岩窟であるという。この神が片足であるという理由から、半金剛という履物を片方だけ寄進する風習が古来から続くと伝わる。 - 神隠し十切田(土佐市)
高知県高岡郡旧宇佐町(現土佐市宇佐町)に伝わる十切田の類話。青龍寺のそばに大きな池があった。昔、あるお婆さんが洗濯に行ったまま行方不明になり、村中総出で探したところ、全身を十個に切り刻まれて池の隣の田の中に上がっていた。
福岡県8件
- 夜泣き石木町の夜泣き石(蛇の目石)(北九州市小倉北区木町)
上に夜泣きのひどい赤ちゃんを乗せると治ると伝わる石。昔大蛇が寝そべっていたので「蛇の目石」とも呼ばれ、都市高速の建設に伴い篠崎八幡神社に移された。 → 夜泣き石の解説記事 - 人柱人柱(お鶴・市太郎)(中間市)
福岡県中間市底井野の池では、かつて洪水で堤防が決壊した際に、於のという女性を人柱として立てて堤を築いたという言い伝えが残る。 - 神隠し中納言岩と岩見重太郎(糟屋郡篠栗町)
幼時に神隠しに遭った岩見重太郎が数年間、宝満・三郡・若杉の三山で天狗に従い兵法武芸を学び、中納言岩などで修練して六尺の偉丈夫となり鉄棒を振り回したという武芸修行譚。 - 首塚遠賀郡岡垣町の首塚の伝承
福岡県遠賀郡岡垣村高倉(現・岡垣町高倉)には、首塚と呼ばれる塚がある。『遠賀郡誌』によれば、昔、合戦があった際にこの地で戦死した者たちの遺体を埋め、その上に地蔵堂を建てて弔ったのが始まりと伝えられているという。 - 隠れ里平家谷(福岡市城南区)
福岡市南区上尾長の平家谷には、安徳天皇が白い馬に乗っていた際に井戸へ落ちたという伝説が伝わる。これを忌み、当地では井戸を掘らず、白馬を飼わず、年縄を用いないという禁忌が守られてきた。 - 疫神送り天籟寺祇園祭の俗信(北九州市)
北九州市戸畑区天籟寺の祇園祭には、次のような俗信が伝えられている。「お祇園は天籟寺の万年願」「祇園風に吹かれる」といって、病人でも山笠を拝みに出た。 - 龍神龍宮喜右衛門と雨乞いの靈玉(柳川市)
筑後山門郡上宮永に、天質順良な喜右衛門という一漁夫があった。その家には竜宮世界から感得したという一つの霊玉が保存され、家は代々「竜宮喜右衛門」で知られていた。 - 埋蔵金金掛梅(太宰府市)
太宰府町の古川某氏の屋敷内、菅公を祀る小祠の前に金掛梅と呼ばれる梅の木がある。永正年間、古川家が衰えたとき、当主が菅廟に家の再興を祈った。
佐賀県3件
- 人柱人柱(お鶴・市太郎)(みやき町)
佐賀県三養基郡三根町西島の上田土手は大雨のたびに決壊していた。人柱の立立が必要だという噂が広がる中、ある娘が断食して自分を人柱にすることを強く願った。 - 隠れ里平家谷(伊万里市)
佐賀県伊万里市白野の平家谷には、重盛という人物を祀った石塔がある。この塔は落人によって建てられたとされ、村の創始者であるという説もある。 - 埋蔵金炭焼小五郎(唐津市)
炭焼小五郎の類話。神埼郡東脊振村の炭焼きが唐津の山で炭を焼いていたところ、炭の中から小判が出てきた。炭を売りに行った際にも小判を貰ったが、炭焼きは穴の開いた銭のほうがよいと言ったという。
長崎県7件
- 禁足地カナグラダンの禁忌(対馬市)
山頂に石を葺いた祭祀遺構カナグラダンがあり、周辺の森は古くから女人禁制で立ち入りが厳しく戒められてきた → 禁足地の解説記事 - 人柱人柱(お鶴・市太郎)(北松浦郡小値賀町)
長崎県小値賀町に伝わる人柱伝説の別伝。実際に人柱の条件に当てはまったのは椀売りの娘だったとする説もあり、汐見様には椀売りの親子がともに祀られていると伝わる。 - 片目伝承首無し馬・首切り馬(壱岐市)
夜行さんの乗る「首無し馬」が出るというところは各地にある。福井、壱岐島をはじめ、四国でも徳島のほか各地にある。神様が乗っている場合もあるし、首無し馬だけの場合もあるし、首のほうだけが飛び回る「首切り馬」のところもある。 - 首塚平家谷(長崎市)
長崎県長崎市の館に伝わる平家谷伝説。壇ノ浦で敗れた平家の残党がこの地に住みついたと伝えられる。長崎県内には平家の落人が各地に潜んだという伝承が数多く残り、知盛の墓や首塚、平家塚、落人を葬った塚などが点在する。 - 疫神送り肥前上五島の実盛祭(新上五島町)
肥前上五島の虫送りは、実盛祭といわれる。約三尺ほどの長さの麦稈舟を二隻作り、これに帆を張って、椿の実でこしらえた人形を乗せ、海に流してやる。 - 埋蔵金朝日長者(壱岐市石田町)
壱岐郡石田町石田の飯間長者は、「朝日さす夕日かがやく木の下に黄金千無量埋置後世の造営料とす」という遺書を残したという。菩提のために建てた東光寺が今の洞広寺であり、長者が汲んだと伝える飯間井という井戸が残っている。 - 神隠し血染めの岩(諫早市)
「血染めの岩」伝説の類話。長崎県北高来郡(現諫早市)に伝わる。壇ノ浦で敗れた平家一門のうち、二位の尼は四、五人の従者と安徳天皇を奉じ、五家荘から有明海を渡って島原の安徳にのがれた。
熊本県5件
- 人柱堤の人柱(上天草市松島町阿村)
文政年間、細川藩は八代の大鞘で干拓工事を行った。阿村のお菊という美しい娘も人夫として働いていたが、妻子ある工事監督と恋仲になった。 - 首塚鬼塚とも呼ぶ経塚(南関町)
関下の字入塚にある経塚は、鬼塚とも呼ばれている。同じ玉名郡の睦合村上宇、経塚にあるものは首塚とも呼ぶという。 - 龍神池の主(熊本市西区)
熊本市では、かつて池上村にあった味生の池に悪竜が棲み、人畜に害をなしていた。国司藤原実治の願いで僧真澄が派遣され、池のほとりに寺(池辺寺)を建てて祈願すると竜は昇天した。 - 埋蔵金宇土市の埋蔵金伝説
熊本県宇土郡走潟村に伝わる鶴見塚の由来。醍醐天皇の御世、石橋村の御門助という貧しい者が、大晦日に妻の織った絹を売りに行く途中、罠にかかった鶴を絹と引き換えに助け、無一物で帰った。 - 疫神送り今藤の祇園祭り祭日変更(熊本市)
熊本県鹿本郡植木町今藤の祇園祭は、もともと京都の場合と同じく七月の祭りであった。ところが疫病の流行などのことがあって祭日をかえ、九月七日・八日に行なうようになったという。
大分県4件
- 人柱人柱(お鶴・市太郎)(国東市)
大分県東国東郡国東町(現・国東市)の平六池は、大雨が降るたびに堤防が決壊し、どうしても修復がきかない池であった。山河の平六という人物がこの池のために自ら人柱となったところ、それ以後はどれほど大雨が降っても堤防が切れることはなくなったと伝わる。 - 隠れ里平家谷(中津市)
平家谷の類話。宇佐市の高家や下庄布津部の浜に上陸した平家の落人たちは、地元の人々に一時かくまわれた後、今津から犬丸川をさかのぼって山国川流域に出て城井一族に迎えられた。 - 龍神朝日長者(由布市湯布院町)
早魃のとき、朝日長者は山下の池の竜神に、一人娘を礼に来させることを条件として雨乞いをした。竜神は娘が気にかかり、若者に化けて娘のもとへ通うようになった。 - 人魚豊後大野郡が人魚を将軍に献上(豊後大野市)
『江源武鑑』によれば、天文十九年四月二十一日、豊後国大野郡から、頭は人、手足と胴は魚で鱗のあるもの(人魚)を、時の将軍家へ献上したという。
宮崎県3件
- 人柱堤の人柱(延岡市)
延岡市恒富西部にあった黒池・赤池(今は字名にのみ残る)を埋めて堤を築いた際、洪水でたびたび堤が壊れたため人柱を立てることになった。 - 片目伝承大根川(西都市)
三納川あたりに住む女が、秋にはこの川で大根を洗っていた。ある日、妙見大明神が大根を乞うたところ、女は投げやった。それが大明神の左眼を破り、片目になった。 - 埋蔵金米原長者(宮崎市)
公家の娘玉世は、広い世間に夫がないのを不憫がられ、七日七夜の断食籠りをした。神のお告げに、お前の夫は筑紫豊後の妙見山で塵で髪を結うた小五郎どんだという。
鹿児島県4件
- 禁足地上西園のモイドン(森殿)(指宿市)
巨木を依代とする集落固有の森の神。伐採・立入は禁忌とされ、直径2m超のアコウの巨木を御神体に山の神・稲荷神を合祀し市文化財指定 → 禁足地の解説記事 - 人柱堤の人柱(伊佐市)
鹿児島県伊佐郡菱刈町の湯之尾の滝付近で、長雨により井堰が決壊しかけた。庄屋が占い師に相談したところ、かすり着物に縦布を当てた娘を水神に捧げよとの指示を受けた。 - 龍神大浪の池(志布志市)
むかし、志布志のふもとに床次という裕福な家があった。子どもがないので庭先の竜神に一心に願をかけると女の子が生まれ、お浪と名づけて可愛がった。 - 片目伝承手々のシバ祭り(徳之島町)
手々村のシバ祭りは、行き倒れになった美しい女の霊をなぐさめるために始められたのだそうである。島内の循環道路が整備されていないころは、手々と与名間村を行き来するのに海岸の岩の間をくぐりぬけたり、山中のけもの道を通ったりしなければならなかった。
沖縄県5件
- 人柱真玉橋の人柱(中頭郡読谷村)
母親が真玉橋の人柱になったために物が言えなくなった娘の話。偉い人に結婚を申し込まれたが、男方の親は物の言えない嫁はいらないと反対したと伝わる。 - 隠れ里行盛の最期(八重山郡竹富町)
壇の浦の戦いに敗れた平家の武者・赤山王が竹富島に流れ着いた。赤山王は美崎に洞穴を見つけて住み、島の人々とも親しく交わるようになった。 - 埋蔵金城間ナーカと黄金枕(中頭郡読谷村)
難破船から助かった人たちが陸に上がり、宝物を埋めて、あらためて取りに来るつもりで帰って行った。その場所はちょうど城間仲の畑だった。 - 巨人伝説アーマンチュの足跡(国頭郡宜野座村)
宜野座の山にアーマンチュの足跡があるという。片足は宜野座の山に、片足は本部の山にあるらしいと語られてきた。宜野座の片足は山のてっぺんにあるが、それは尖った山ではなく、平たい山のてっぺんである。 - 神隠し雨の神と竜宮の神(宮古島市)
伊良部元島が旱魃に悩んでいたとき、一人の漁師が夜の浜で干潮を待っていると、天から下りた雨の神が竜宮の神を呼び、雨をあげよと命じるのを聞いた。
掲載のない県も、データベースの拡充にあわせて順次追加します。
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