ヴォイニッチ手稿の内容と解読の真相|論文で検証

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ヴォイニッチ手稿は、所蔵館・論文・報道の記述で見る限り、解読されたとは言えません。所蔵するイェール大学バイネキ図書館は、文字が暗号だとしても暗号学的なアプローチでは解読できていない、と公式ページで述べています。一方で、挿絵から内容の区分はわかります。作られた時期や持ち主の移り変わりは、研究でかなり固まってきました。都市伝説ラボでは、この3点を所蔵館・論文・報道の記述で整理します。

ヴォイニッチ手稿で確かなこと・わかっていないこと(一覧表)

ヴォイニッチ手稿は、イェール大学バイネキ稀覯本・手稿図書館が MS 408 として所蔵する、解読されていない文字で書かれた写本です。先に、出典で言えることを表にまとめます。

項目 わかっていること まだわからないこと
中身の区分 植物、天文・占星、入浴、円形の宇宙図、薬草や根、文章だけのページの6区分 文章の意味
作られた時期 羊皮紙の炭素14年代測定で、15世紀前半の1425年ごろとされる 誰が何のために作ったか
来歴 神聖ローマ皇帝ルドルフ2世が確認できる最初の所有者。1912年以降はヴォイニッチ、クラウス、バイネキ図書館へ ルドルフ2世より前の持ち主
筆写者 複数人による共同制作とされる それぞれが誰か
文字の正体 統計的な性質は研究されている 本物の言語か、でたらめか。研究者の間で割れている
解読 「解読した」とする発表や論文がある 学界に受け入れられた解読はない

以下、この表の順に、根拠を見ていきます。

何が描かれているのか?6つの区分と挿絵

古い羊皮紙に描かれた、根の大きな見慣れない植物の挿絵
中世の植物図譜風の挿絵(イメージ画像・実物の手稿ではありません)

文字は読めなくても、挿絵から内容の見当はつきます。イェール大学バイネキ図書館の公式ページは、手稿を次の6つの区分に分けて説明しています。

  1. 植物の標本を描いた区分
  2. 天文学・占星術の図
  3. 入浴の様子を描いた図(バイネキ図書館は balneological、つまり入浴・湯治に関する図と呼んでいます)
  4. 円形の宇宙図(cosmological medallions)
  5. 薬草や根を描いた、薬学に関する図
  6. 挿絵のない文章だけの区分。レシピかもしれず、各項目に星形の花の印が付いているとされています

ここで大切なのは、「何についての本か」と「何が書いてあるか」は別だという点です。挿絵は本の性格を教えてくれますが、本文の意味までは教えてくれません。

挿絵の解釈では、新しい提案もあります。Brewer と Lewis は、2024年の論文で提案をしました。手稿でもっとも大きく複雑な挿絵「ロゼット」は、性交と受胎を表すのではないか、というものです。女性にまつわる秘密を隠す、あるいは暗号にする中世の習慣を調べたうえでの提案です。ただし、これは解読ではなく、挿絵の読み方についての仮説にとどまります。

いつ作られ、誰の手を渡ってきたのか?炭素年代と来歴

検査台の上に開かれた古い本と、紫色の光を出す紫外線ランプ
古い写本を光で調べるイメージ(イメージ画像)

作られた時期

Lisa Fagin Davis は、中世アメリカ学会(Medieval Academy of America)の事務局長を務める中世写本の研究者です。2024年9月のブログ記事で、次のように述べています。炭素14年代測定は、高い確度で羊皮紙を1425年ごろと示しています。挿絵の様式もその年代と合うため、手稿は15世紀前半に書かれたと考える。ただし、全員が同意しているわけではない、という留保も付けています。

バイネキ図書館も、科学的検査の結果は15世紀に作られた写本と材料が整合する、としています。

確認できる持ち主たち

バイネキ図書館の来歴の説明をたどると、次のようになります。

  • 確認できる最初の所有者は、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世(在位1576〜1612年)です。金貨600ドゥカートで購入し、ロジャー・ベーコンの作だと信じていたとされます。ベーコンとの結びつきは「純然たる推測」だと同館は明記しています。
  • その後、薬剤師のヤコブス・ホルチツキー・デ・テペネツ(Jacobus Horčicky de Tepenec、1575ごろ〜1622年)の蔵書となり、1637年までに錬金術師ゲオルギウス・バルシュ(Georgius Barschius)の手に渡りました。
  • バルシュは手稿をヨハネス・マルクス・マルチに遺贈し、マルチは1666年に、イエズス会の碩学アタナシウス・キルヒャーへ送りました。そのときの手紙は、いまも手稿に付属して保存されています。
  • 1912年、ウィルフリッド・ヴォイニッチがローマ近郊フラスカーティのイエズス会学院から購入しました。
  • ヴォイニッチの死後は妻のエセルに、さらに友人で助手のアン・ニルに渡りました。ニルは1961年にニューヨークの書籍商 H. P. クラウスへ売却し、クラウスは8年後にバイネキ図書館へ寄贈しました。

この来歴を、近年の研究が補強しました。Davis の2024年のブログ記事によると、手稿1ページ目の消された書き込みが、マルチスペクトル撮影(複数の波長の光で撮る方法)で読めるようになりました。読めた名は、ヴォイニッチが読んだとおりの「Jacobi à Tepenecz」です。別名ヤコブス・シナピウス、プラハの錬金術師で、16世紀末か17世紀初めに手稿を所有していた可能性が高い人物とされます。

同じページには、3列に並んだ文字もありました。ローマ字のa〜z、ヴォイニッチ文字の列、そして1字ずらしたローマ字の列です。この書き込みの主として有力なのは、Davis によればマルチ(1595〜1667年)です。二種類の置換暗号を使った初期の解読の試みだったのか、マルチが独自の暗号を作ったのかは、わかりません。Davis 自身の見立ては、「これらのアルファベットが解読の助けになる可能性は低い」です。

この書き込みには、もう一つ意味があります。1ページ目に隠れていた余白の文章は、手稿が近代の偽造品ではなく中世の物であることを支持する、という見方を Davis は示しています(手稿には少なくとも16枚の葉が欠けている、とも指摘されています)。

筆写者は複数いた

手稿は一人の手によるものではない、という見方も固まってきました。Davis は2022年のヴォイニッチ手稿国際会議で、基調講演論文(Voynich Paleography)を発表しています。

論文は、1970年代にプレスコット・カリーが植物区分で二つの筆跡を見分けた経緯に触れています。カリーはそれを筆写者1・筆写者2と呼び、筆写者1は「言語A」、筆写者2は「言語B」と直接対応する、と指摘しました。

Davis が確実性の高いものとして挙げたのは、次の4つです。

  • 成立時期(15世紀前半)
  • 綴りの異なる書き方の使い分け
  • 来歴
  • 冊子の構造

ここに、筆写者の数と、共同制作という性格の理解が加わりました。筆写者の数を古書体学で分析したのが、2020年の Davis 論文です。

文字は本物の言語か、でたらめか?統計研究の対立

ここが、手稿研究でいちばん意見が割れているところです。

言語に近いとする側

Montemurro と Zanette は、2013年の論文で語の分布を調べました。語の並び方は、実際の言語に見られる複雑な構造と合う、というのが結果です。そこから、本の中に本物のメッセージがあることを支持する、と結論しました。

Bowern と Lindemann も、2021年の総説で論拠を示しました。手稿を中世のでっち上げではなく、自然言語として扱う根拠です。音韻・語形・構造について統計的に論じられる一方で、内容は依然として解読できない、と要旨に書いています。

でたらめ・機械的な生成とする側

反対側の研究もあります。Rugg は2004年に、暗号学の学術誌に「An Elegant Hoax? A Possible Solution to the Voynich Manuscript」(論文)を発表しました。題名のとおり、手稿が手の込んだでっち上げである可能性を示す論文です。Rugg と Taylor も2017年に、同じ学術誌で「Hoaxing statistical features of the Voynich Manuscript」(論文)を発表しています。

Timm は2014年の論文(arXiv:1407.6639)で、似た綴りの語どうしの関係を詳しく調べ、手稿に使われた文章の生成方法を明らかにできた、と主張しました。Timm と Schinner は2020年に、「A possible generating algorithm of the Voynich manuscript」(論文)を発表しています。

つまり、同じ手稿の統計的な性質を見て、「言語らしい」と読む研究と、「機械的に作れる」と読む研究が並んでいます。どちらの側にも決着をつける決定打はなく、本文の意味は読めないままです。

「解読成功」の報道はなぜ否定されてきたのか?

「解読した」とする発表や論文のうち、ここでは出典で確認できる二つの例を取り上げます。

ヘブライ語を示唆した2016年の研究

Hauer と Kondrak は2016年に、未知の言語と文字で書かれたアナグラムの言語を推定する手法を発表しました(要旨)。アナグラムとは、文字を並べ替えた文章のことです。手法は380の言語で97%の精度を出したとされ、ヴォイニッチ手稿に適用した結果は、文書の言語としてヘブライ語を示唆すると報告されています。ここで言えるのは「示唆した」までで、手稿の中身が読めた、という報告ではありません。バイネキ図書館が、暗号学的アプローチでは解読できていないとしている点も変わっていません。

ブリストル大学が発表を取り下げた2019年の件

2019年には、Cheshire が「The Language and Writing System of MS408 (Voynich) Explained」という論文を発表し、報道で大きく取り上げられました。

しかし、Gizmodo の報道によれば、Davis は「『原始ロマンス語』は存在しない。願望に基づく循環論法で、自己成就的なたわごとにすぎない」と投稿しました。反発を受けて、ブリストル大学はプレスリリースを撤回しました。声明の中身は、言語学・中世研究の研究者から研究の妥当性への懸念が寄せられたため、さらなる検証のために記事をサイトから外す、というものです。

この件からわかるのは、論文が学術誌に載ったことと、解読が認められたことは別だという点です。

2020年以降の研究で何がわかったのか?

近年の研究は、「解読」ではなく、手稿という物と、その作り方に迫るものが目立ちます。

  • 筆写者の数: 2020年の論文などで、複数の筆写者による共同制作という理解が進みました(前述)。
  • 1ページ目の書き込み: Davis は2024年9月のブログ記事で、マルチスペクトル撮影の画像により消された書き込みが読めるようになったと報告しました。この書き込みは近代の偽造ではなく中世の物であることを支持する、とも述べています(前述)。
  • 挿絵の解釈: Brewer と Lewis(2024年)が、ロゼットを性交と受胎の図と解釈する説を出しました。ただし Brewer は、2022年の会議論文で、先に限界を書いています。炭素年代測定によって、論の中心に置いた医師ヨハネス・ハルトリープ(1410ごろ〜1468年)が手稿の作者である可能性は、ほぼ除かれるという内容です。そのうえでハルトリープは、婦人科の知識を暗号化することの根底にある感情について、よい証拠になる、としています。
  • 中世にあり得た暗号の再現: 科学ジャーナリストの Michael Greshko は2025年11月、Cryptologia に「The Naibbe cipher」(論文の書誌情報)をオンライン公開しました。ラテン語とイタリア語を、ヴォイニッチ手稿に似た暗号文に変換する置換暗号の提案です。

Naibbe 暗号について、Archaeology Magazine は次のように伝えています。この研究は、謎を解いたと主張するものではありません。中世の技術で可能だった暗号で、手稿が作られた可能性を示した、という位置づけです。

Sci.News では、Greshko 本人が限界に触れています。Naibbe 暗号は手稿の「Voynich B」の性質を完全には再現できておらず、暗号による包括的なモデルを作る難しさを示している、という発言です。

Brewer の「ハルトリープ除外」と同じく、提案した本人が限界をはっきり書いている、という共通項があります。

そのため、これらを「解読された」と書くことはできません。出典の範囲で言えるのは、手稿が15世紀前半の物として確からしくなったことと、文字の正体についての仮説が増えたことです。

よくある質問

ヴォイニッチ手稿は解読されたのですか?

いいえ。所蔵するバイネキ図書館は、暗号だとしても暗号学的なアプローチでは解読できていないとしています。ヘブライ語を示唆した研究や、ブリストル大学が発表を取り下げた研究などの例はありますが、広く受け入れられた解読はありません。

ヴォイニッチ手稿には何が書かれていると考えられていますか?

本文の意味はわかっていません。挿絵から、植物、天文・占星、入浴、円形の宇宙図、薬草や根、文章だけのページの6つの区分があることがわかっています。

ヴォイニッチ手稿はいつ作られたのですか?

羊皮紙の炭素14年代測定で1425年ごろとされ、Lisa Fagin Davis は15世紀前半に書かれたと考えています。ただし、全員が同意しているわけではない、とも述べています。

ヴォイニッチ手稿は現代の偽造ではないのですか?

Davis は、1ページ目の隠れた余白の文章が、手稿が近代の偽造ではなく中世の物であることを支持すると述べています。一方で、Rugg らのように、手の込んだでっち上げである可能性を示す論文もあります。

AIで解読できたという話は本当ですか?

この記事で使った出典の範囲では、AIによる解読が成功したと確認できるものはありません。機械的な手法として確認できたのは、Hauer と Kondrak のアナグラム解読手法(ヘブライ語を示唆)までで、解読の成功とは述べられていません。

まとめ:解読はされていないが、「物」としての輪郭は見えてきた

要するに、ヴォイニッチ手稿の中身は、まだ誰にも読めていません。それでも、15世紀前半に作られ、複数の筆写者が関わり、ルドルフ2世からバイネキ図書館までの来歴がたどれる、という輪郭は固まってきました。文字が言語なのか、機械的に作れるでっち上げなのかは、統計研究どうしでいまも割れています。

謎の多い書物や伝承が気になった方は、都市伝説ラボの別の記事もどうぞ。タイプライターで書かれた啓示書『オアスペ』、赤城山の徳川埋蔵金伝説、ディアトロフ峠事件の真相を整理しています。

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